例えば

少女趣味的な服を親に着せられている人形的な美少女が、
あるきっかけでスポーティーな格好をするようになり

「これが本当の私···!」

と言って、フリルやレースをあしらった可愛い洋服とおさらばする…

というストーリーはよくあるのに、逆はないのが悲しい。

多種性多様性と言っても、偏っている。

"フリル=抑圧"
"スポーティー=解放"

になりがちだと思う。

でも、本当は

「可愛い服を着たい」
のもちゃんとした主体性だし、

「少女趣味を選ぶ」
のだって立派な自己決定。

リボン·フリル·レースは、私にとって武装であり、身を守る鎧。

ドレスを着た人形であることが、必ずしも
「王子様にいつも守られるお姫様」
的存在とは限らない。

私が読みたいのは

「ズボンで自由を手に入れた女の子」

じゃなくて

「ズボンを履かされていた女の子が、リボンとレースで自分を着飾る自由を得る」

というストーリー。

少女趣味は、男ウケの武器じゃない。

自己主張する女を否定する、そんな男を炙り出し弾く機能があると思う。

いくつになっても、フリルとリボンとレースで武装して闘っていきたい。

めいこ🐱🎸