普通お祭りとは
豊作祈願や感謝を神様に願い、祈りを捧げるものだと思うのですが
遠州浜松は
浜松祭→家康公が後の2代将軍秀忠公が無事に成長するように、からの産まれた子供の名前を書いた凧揚げ🤚(因みにお値段100万とか)
夜の各町の屋台引回し。
秀忠公産湯の井戸とか残ってますが、同時に築山殿の最後の地、信康公自害の地二俣城もあり、えらく苦労した時代です。
7月お盆
子供時代この世で1番怖かった遠州大念仏😂
https://youtu.be/AOq1CNLK4xg?si=lEbnFN1ZjtL_pwPr
夜初盆の家を回るのですが、元は浜松に侵攻してきた時の自軍や武田軍の供養。
逃げた家康公は犀ヶ崖の谷や「布橋」って地名があるとこに布をかけて武田兵が落下して亡くなった事の供養だと教えられて来ました。
地の利を生かした作戦なんですが、もう家康公最大のピンチの戦だったかと。。浜松城すぐだし。。
遠州の暦は徳川家康公が基準🤚
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