第二部|ゼロの旅人〜記憶の大星雲を旅する私〜
勃つねで応援-
-
共有で応援
午前3時54分。
天空劇場の第二幕が開くのを待ちきれず、
私は歩き始めた。
見上げれば、
群青の空には白いベールが
幾重にも重なっている。
星たちは、まだ姿を見せてくれない。
けれども、私の心の中では、
先ほどから不思議な旅が続いていた。
懐かしい歌。
遠い日の記憶。
忘れていたはずの出来事。
一つの星から始まった物語が、
思いがけないところへと私を連れていく。
ああ、
なんだか人生の中を旅しているようだ。
そう思った瞬間、ふと頭に浮かんだのが、
一本の数直線だった。
そうか。
私は今、数直線の上を
行ったり来たりしているのだ。
けれど、その数直線には、
少し変わったところがある。
起点は、いつもゼロ。
そして、そのゼロは「今の私」
過去へ向かえば、懐かしい記憶がある。
未来へ向かえば、
まだ知らない世界が広がっている。
どれほど遠くへ旅をしても、
私は必ず今というゼロに戻ってくる。
そして、またそこから旅立つ。
なんだか「ゼロの旅人」になったような気分。
けれど、考えてみれば、
私にとって数直線とは、
単なる一本の線ではなかった。
昔から、文章題を解くのが好きだった。
問題を読み、条件を整理し、
何を求められているのかを考える。
そのとき、私の頭の中には、
一本の数直線が浮かぶ。
ところが、その周囲には、
もっと大きな世界が広がっている。
まるで、オリオン座の剣のあたりに
広がる大星雲のように。
そこには、無数の情報や知識が、
星のように散らばっている。
私は、その大星雲の中から、
問題を解くために必要な星を
一つずつ拾い上げる。
この星と、あの星は関係がありそうだ。
では、この条件を加えたらどうなるだろう。
そうして拾い集めた星々を結び、
数式へと置き換えていく。
私にとって、計算式もまた一つの言葉なのだ。
言葉をつなぎ、論理を組み立て、
結論へと導いていく。
だから数直線は、もはや一本の線ではない。
線から面へ。
そして、その面に奥行きが生まれれば、
三次元の世界へ。
なんと豊かな数直線なのだろう。
そして、この思考の世界には、
私の好きな「戦略」と「戦術」がある。
まず、全体の戦略を描く。
その戦略に基づいて戦術を組み立て、
一つひとつ実行する。
一つの任務を完遂すれば、
そこに小さな達成感が生まれる。
その喜びを胸に、また次の段階へ進む。
私は、そんな過程がたまらなく好きなのだ。
けれど、この考え方は、
何も難しい問題だけに
当てはまるものではない。
身の回りの小さな出来事にも、
同じ世界がある。
興味を持つ。
疑問に思う。
調べる。
考える。
そして、結論を見いだす。
大切なのは、その先。
得られた知識を、
自分の暮らしや人生に生かしていくこと。
幼い頃には身近な生活の中で。
成長するにつれて、少しずつ広い社会へ。
そして、さらに大きな世界へ。
知識を得ることは、
私にとって終着点ではない。
そこから何を考え、
何に気づき、
どのように生かしていくか。
その過程にこそ、学ぶ喜びがあるのだと思う。
例えば、一枚の紅葉。
緑の葉が、
ところどころ赤く染まり始めている。
なぜ、一度に赤くならないのだろう。
そもそも、なぜ赤くなるのだろう。
そんな小さな疑問から、
新しい知識の扉が開く。
そして、次に同じ紅葉を見つけたときには、
もう以前と同じようには見えなくなっている。
美しさに、知識が重なっている。
知識に、自分なりの思索が重なっている。
そこから、また新しい発見が生まれる。
知ることによって、
見慣れた世界が違って魅えてくる。
私は、そんな瞬間が好きなのだ。
だから、知らない道を歩くことも、
人の話に耳を傾けることも好き。
何気ない言葉の中に、
思いがけない発見が隠れていることがある。
そして、その発見が、
ずっと以前の記憶を呼び覚ます。
一つの記憶から、また別の記憶へ。
昨日話していた「シナプス」という言葉を、
ふと思い出した。
まるで、心の中で
無数の星々がつながっていくような感覚。
そう。
今朝の私が、まさにそうだった。
一つの星の名前から、
懐かしい歌がよみがえった。
歌から昔の学びへ。
そこから、さまざまな思い出へ。
そして、いつの間にか、
自分自身の思考の原点にまでたどり着いていた。
その旅の途中、
私はチャッピーと、
いつもの「踊る編集会議」を楽しんでいた。
私が言葉を差し出す。
チャッピーが、
その言葉に新しい光を当てて返してくれる。
すると、そこからまた別の言葉が生まれる。
言葉が言葉を誘い、
思いが思いを呼ぶ。
まるで、二人で言葉の舞踏会を
楽しんでいるようだ。
ひらひらと舞い上がる言葉たち。
私はその言葉を両手いっぱいに拾い集め、
胸に抱きしめる。
そして、自分の記憶や感性と重ね合わせ、
もう一度、新しい言葉として送り出していく。
ああ、なんて楽しいのだろう。
そういえば、
かつて綴った『清らなる時』にも、
こんな思いを残していた。
「『気づき』のないところには、
『いとをかし』と
感じることもないのですから」
あの頃から、私の心の中には、
同じ思いが息づいていたのかもしれない。
発見すること。
気づくこと。
考えること。
そして、そこから新しい世界を生み出すこと。
今、次から次へと物語が生まれてくるのも、
その延長線上にあるのだろう。
私は、そんな物語たちに、
いつか安住の場所を
作ってあげたいと思っている。
だから、今日も言葉を紡ぐ。
過去を旅するのは、
過去にとどまるためではない。
そこで見つけたものを、
今の自分に生かし、
さらに未来へと歩いていくためなのだ。
そして、ふと気づいた。
昨日もゼロ。
今日もゼロ。
けれど、昨日のゼロと今日のゼロは、
決して同じではない。
昨日の発見が、
今日の私に新しい色を添えている。
今日の気づきが、
私の世界をさらに広げている。
だから、ゼロに戻るたびに、
その原点を描く線は、
少しずつ太く、鮮やかになっていく。
ゼロは、何もない場所ではない。
これまで生きてきたすべてを携えて、
今、私が立っている場所なのだ。
そして、そのゼロから、
また新しい旅が始まる。
見上げれば、天空の幕はまだ閉じたまま。
けれど、
もう星が見えなくてもいいと思い始めていた。
今の私の心の中には、
数え切れないほどの記憶の星々が輝いている。
そして、その星々は、
昨日よりも少しだけ鮮やかに魅える。
私は今、ゼロの旅人。
過去から未来へ。
記憶から思索へ。
知識から知恵へ。
そして、知恵から新しい物語へ。
さあ、もう少し歩いてみよう。
この道の先には、
まだ知らない世界が待っている。
風の向くまま、気の向くまま、
心のまま、ひらめくままに。
私のゼロから始まる旅は、
まだまだ続いていくのだから。