朝の風と語るウォーキングから帰ってきた。

風としばしの別れを惜しみながら部屋へ戻り、
お風呂でたっぷり汗を流した。
今はエアコンの風に当たりながら、
オアシス時間を楽しんでいる。

エアコンの風は、
また私の風とは少し違った心地よさ。

数字にはこだわらない、と言いながらも、
つい今日歩いた距離を見てしまった。
7.8km。
3時間半も外にいたのに、
実際に歩いていた時間は50分弱だった。

では、残りの時間、
私はいったい何をしていたのだろう。

見て、聴いて、触れて、
香りを嗅いで、味わっていた。
五感を研ぎ澄ませながら、
心に響いたものを受け取り、
そこから湧き上がってくるイメージを
言葉にして表すことに、無心になっていた。

振り返ってみれば、歩いている時間より、
そんな時間のほうが
ずっと長かったような気がする。

だからなのか、足はそれほど疲れていない。
それ以上に、心の疲れがすっかり癒されていた。すっきりして、清らかになって、
いったん空っぽになった心の中へ、
今朝出逢った新しい風景を
いっぱい拾って帰ってきた。

そんな気持ちで
オアシス時間の真っただ中にいると、
まるで雲の上に、
ふわふわと浮かんでいるような
気分になってくる。
もちろん、
そこに一緒に浮かんでいるのは、風。

こんな気持ちのいい時間を
毎朝過ごしていると、
お仕事が終わるのが遅くても、
朝が来るのが楽しみになる。
寝るのが遅くなっても、
早起きするのが楽しみになる。

そんなことを思いながらテレビを観ていると、
思わず画面に目が釘付けになった。
「倒れる樹木、街路樹に迫る危険」

今朝、私が見てきたばかりの欅と同じ、
街路樹の話だった。
いつも私が風景の一つとして拾い、
見上げ、風に揺れる葉を愛でている木々。
だからこそ、
気になってテレビの画面に
食いつくように観ていた。

近年の厳しい暑さなどによって葉が落ち、
枝が枯れ、見えない土の下でも木が弱り、
倒木の危険につながることがあるという。

今朝も私は、何本もの欅を見上げてきた。
そこに立っていることが、
当たり前だと思っていた。
けれど、その当たり前の風景も、
いつまでも同じ姿で
そこにいてくれるとは
限らないのかもしれない。

そう思うと、
なんだかちょっぴり寂しくなった。

四季の変化が美しかった日本。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。
その移ろいの中で、
人は自然とともに暮らしてきた。

季節を感じ、自然の営みを目の当たりにし、
そこから生まれた豊かな心を、
歌や言葉にして残してきた。
私は、そんな世界観が好きだ。

けれど最近は、暑いか、寒いか。
夏か、冬か。四季ではなく、
まるで二季になってしまったように
感じることがある。

暑い、暑い夏が長く続き、
気がつけば急に寒くなる。
その間にあったはずの、
春や秋の微かな匂いや、
風の温度や、
木々の色の変化が、
少しずつ短くなっているような気がする。

ちょっぴり寂しい。
だからこそ私は、
これからも見つけていきたい。

ほんの少しの季節の変化でもいい。
風の匂い。
空の色。
木々のざわめき。
花の香り。
鳥の声。
頬に触れる空気の温度。

そこに季節がある限り、
私はそれを感じていたい。
自然の中で生きている自分自身を、
感じていたい。

そして、今日そこにある風景が、
明日も同じようにあるとは限らないのなら——
なおさら私は、
風と語るウォーキングを、
続けられる限り続けていきたいと思う。

見て、聴いて、触れて、
香りを嗅いで、味わって。
心に響いた風景を、一つひとつ拾いながら。

さて。
少ししんみりしてしまったけれど、
今から朝ごはん。
久しぶり……というほどではない。
2日ぶりかな。
大好きなハムチーズ塩パンサンドを
食べるのを楽しみにしている。

そして今日は、もう一つ楽しみがある。
からあげクン40周年記念の、
ご当地からあげクンが
今日から発売されるのだ。

いつ買おう。
いつ食べよう。

実はもう、今から楽しみにしている。
いつもお世話になっている風さんにも、
せめて匂いだけでも味わってもらおうかな。