朝一番に見上げた空には、
人の顔が浮かんでいた。

次に現れたのは、
ぎゅっと握られた拳。

その拳が放たれると、
人の形をした雲は倒れ、
やがて光の中で
すうっと平らに引き伸ばされていった。

すると今度は、
空の向こうから
大きな渦がやってきた。

ぐるぐる、ぐるぐる。
その中には、
いくつもの小さな渦。

まるで大きな掃除機のように、

散らばった雲を、
心に残った埃を、

ひとつずつ吸い込んでいく。

すうっと。
また、すうっと。

そして掃除を終えると、
大きな渦もまた、
何事もなかったように
遠い空へ流れていった。

私はずっと、
雲ばかりを魅ていた。

形を変える雲。
消えていく雲。
次々と現れる雲。

けれど、ふと気づいた。

雲が主役なのではなかった。
そのすべてを受け止め、
そのすべてを遊ばせていたもの。

それは、空だった。

果てしなく広がる、大きなキャンバス。

ある日は太陽を主役にして、
ある日は雲を踊らせる。

風を走らせ、

海を輝かせ、
鳥を飛ばし、

毎朝、
毎朝、
違う物語を描いている。

その舞台を作っていたのは、
いつだって空だった。

雲が去ったあと、
初めて私は
空そのものを魅た。

淡い空色。

まるで白いベールを
一枚まとっているようだった。

歩くたび、
振り返るたび、
そのベールが
一枚、
また一枚と剥がれていく。

空色から水色へ。
水色から、もっと澄んだ水色へ。
そしてさらに、何も混じらない青へ。

それはまるで、
人の心が、

怒りをひとつ脱ぎ、

悔しさをひとつ脱ぎ、

もやもやをひとつ脱ぎ、

少しずつ、
少しずつ、
本来の色へ戻っていくようだった。

空は鏡なのかもしれない。

心が曇れば、
雲はいろんな形に見える。

誰かの顔にも。
拳にも。
巨大な掃除機にも。

けれど心が澄んでいけば、
最後に残るものは、
ただ、青。

限りなく透明に近い、ブルースカイ。

空は遠い。
手を伸ばしても、決して届かない。

だから人は見上げるのだろう。
憧れるのだろう。
いつか飛んでみたいと思うのだろう。

けれど、届かないままで
いいのかもしれない。

遠くにあるからこそ、
心の中には
こんなにも近く映る。

手では触れられないのに、
心なら、いつでも触れられる。

遥か遠くにありながら、
私の中にも広がっている。

空。

人の心を映す鏡。

人の心を洗う風景。

そして、今日という一日の物語を描く、
果てしないキャンバス。

今日はここに、
どんなドラマを描いてくれるのだろう。

明日は、また違う雲を浮かべ、

違う光を放ち、

違う風を走らせるのだろう。

だから私は、また空を見上げる。

今日も。

明日も。

明後日も。

その果てしないキャンバスが、
いつかまた私の心を映して、
限りなく透明に近い
ブルースカイになるまで。