ふと目が覚めて、外の風にあたりに行った。
ちょうど日の入りを過ぎた頃だった。
1時間半くらい眠っていたのだろうか。
時計を見ると、
いつの間にか18:50になっていた。
次のご予約は20:00から。
準備の時間を考えて19:30に
起きればいいと思い、
アラームをセットして横になっていた。
眠ったような、眠っていないような。
そんなうつらうつらの時間だったけれど、
いつの間にか本当に
眠ってしまっていたらしい。
目を覚ましたばかりの頭は、
まだぼんやりしていた。
だから、風にあたりたくなった。
外へ出ると、
ふわりと風がやってきた。
「風さん、そこにいるの?」
返事を待つように立っていると、
また、ふわり。
「ここにいるよ。ちゃんとそばにいるよ」
そう言いながら、
私の頭を撫でてくれているようだった。
風に吹かれているうちに、
眠りの中に残っていた靄が
少しずつ消えていく。
街は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
仕事を終えて家へ帰る人。
少し寄り道をして食事へ向かう人。
これから誰かと一杯飲みに行く人。
車も多く、人通りも多い。
ネオンが煌々と灯り、
街はきらびやかな夜の世界へと
姿を変えていた。
その光の向こうに広がる、暗くなった空。
私は、なんとなく
その空のずっと先を見つめた。
そこには、離れて暮らしている家族がいる。
ちょうどその頃、
今日の晩ご飯の写真が届いた。
離れているとき、
毎晩だいたい同じくらいの時間に
送られてくる写真だ。
今日もちゃんとご飯を作ったよ。
そんな言葉の代わりのように、
食卓の写真が届く。
私はいつも、「おいしそうね」と返す。
そして並んでいる料理の中から、
食べたいものを見つけて、
「これ、食べたいわ」と言う。
すると、
「帰ってきたら作ってあげるから」
そんな優しい言葉が返ってくる。
今日も、いつものように写真が届いた。
買い物へ行ってきたらしく、
いつもより少し豪華なおかずが並んでいる。
その中に、私の好きなものを見つけた。
「鱧落とし、食べたいわ」そう送った。
けれど、その少し前。
私は、横浜にいる日が一日延びて、
帰るのが一日遅くなったことを
LINEで伝えていた。
本当は、数日前には決めていた。
それなのに、どうしても言い出しにくくて、
ぎりぎりになってから、
まるで急に決まったことのように
伝えてしまった。
少しだけ、心が揺れた。
もしかしたら、「えー」とか、
「寂しい」とか。
そんな言葉が返ってくるのでは
ないかと思っていた。
けれど返ってきたのは、
「はーい」という、
いつものスタンプひとつだった。
そして、そのあとに届いた晩ご飯の写真。
何も言っていない。
責めてもいない。
寂しいとも書いていない。
それなのに。「はーい」のスタンプと、
いつもの食卓の写真。
その二つの間に、
言葉にはならなかった小さな寂しさが
隠れているような気がしてしまった。
胸が、きゅっと痛くなった。
たった一日。
帰る日が一日延びただけ。
そう思えば、
それだけのことなのかもしれない。
けれど23日に帰っても、
その朝から一緒にいられるわけではない。
横浜からそのまま和歌山へ出張に向かい、
家へ戻るのは夕方になる。
そして、少し一緒に過ごしたら、
また数日後には横浜へ向かう。
そんなことを考えながら歩いていると、
さっきまで眩しかった街のネオンが、
なぜだか少し滲んで見えた。
23日の夕方。
帰ったら、一緒にご飯を食べよう。
急がずに食べよう。
いっぱいしゃべろう。
そして、私はいっぱい話を聞こう。
私がいない間にあったこと。
買い物へ行ったこと。
今日作ったご飯のこと。
どうでもいいような小さなことまで、
ひとつひとつ聞こう。
「帰ってきたら作ってあげるから」
そう言ってくれた料理も、
今度は同じ食卓で一緒に食べよう。
罪滅ぼし――というのかもしれない。
でも、本当はきっと、それだけではない。
離れてみて初めて気づくことがある。
毎晩届く一枚の食卓の写真も。
「はーい」という小さなスタンプも。
帰ってきたら作ってあげる、
という何気ないひと言も。
全部、そこにいてくれる人から届く、
小さな「おかえりを待っているよ」
なのかもしれない。
そんなことを思いながら、夜空を見上げた。
ふわり。ふわり。
また、風さんがやってきた。
「大丈夫よ」そう言っているようだった。
「あなたが帰るより先に、
私が向こうの町まで飛んでいってあげる」
そして、言えなかった「ごめんね」も。
ちゃんと伝えられなかった「ありがとう」も。「もう少しだけ待っていてね」も。
全部まとめて、届けてくれるような気がした。
風さん。もし本当に行ってくれるのなら、
ひと足先に、飛んでいって。
そして、そっと伝えてきて。
離れていても、忘れてなんかいないよ。
毎晩届くご飯の写真を、
ちゃんと楽しみにしているよ。
帰ったら、一緒にご飯を食べよう。
いっぱい話そう。
いっぱい聞かせてね。
そして――
いつも待っていてくれて、ありがとう、と。
風よ、ひと足先に✨
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