私が黒龍と出逢ったのは、
いつの頃だっただろう。

まだ日本酒というものを、
ほとんど知らなかった若い頃。
初めて「地酒」として意識して飲んだのは、
確か立山の純米大吟醸だった。
次に純米吟醸が出てきて、
飲み比べてみた。

その頃の私には、
純米大吟醸の方が美味しく感じられた。
もっと正直に言えば、
「高いお酒なのだから、
美味しいに決まっている」
そんな単純な思い込みも、
たぶんあったのだと思う。

だから地酒を飲むとなれば、純米大吟醸。
お店の日本酒のメニューに
銘柄が並んでいれば、
その中からわざわざ上のものを探して
飲んでいた。

黒龍。
久保田。
八海山。
富翁。
土佐鶴。

いろいろな名前を覚え始めたのも、
その頃だった。

そんな中で、黒龍の大吟醸にも出逢った。

だから私の頭の中にはいつの間にか、
黒龍=高いお酒。
そんな図式が出来上がっていた。

けれど、値段とは別に、
黒龍は私の好きなお酒でもあった。
私が好きなのは、キレのある辛口。
すっきりとしている。
口の中にいつまでも残らない。
喉を通ったあと、すっと消える。

だから、また次の一口が欲しくなる。
黒龍は、そんな私の好みによく合った。
大吟醸を何杯も飲んでいると、
よく言われたものだ。

「大吟醸なんて最初の一杯、二杯で十分や。
酔っぱらってしまったら、
あとは何を飲んでも一緒。もったいない」
その頃の私は、——なんで?と思っていた。

美味しいのだから、
最後まで美味しいものを
飲めばいいではないか。

ところが日本酒を飲み続けていくうちに、
少しずつ、その意味もわかるようになった。

確かに、酔いが回ってしまってから
高価なお酒を次々飲むのは、
ちょっともったいない。

それ以上に気づいたことがある。
とことん磨かれたお米だけが、
美味しいわけではない。
少し雑味が残っている。
米らしさが残っている。
その酒にしかない癖がある。
それもまた、日本酒の味わいなのだ。

そうわかるようになってから、
私は「高いお酒」を選ぶのではなく、
自分が飲みたいお酒を選ぶようになった。

そんな私が、
もう20年ほど通っているお店がある。

そこには、私が勝手に「お酒のソムリエ」と
呼んでいるお兄さんがいる。

久しぶりに顔を出しても、
私の好みを覚えていてくれる。
料理も、日本酒も、
「これ、好きだと思いますよ」
と出してくれる。

予約の電話をしても、
名前を言う前に声だけで
私だとわかるらしい。

そんな、なんとも居心地のいいお店。
時々、「今日、こんなのがありますよ」
とおすすめのお酒を出してくれる。

それどころか、メニューには載っていない、
奥に隠してある秘蔵のお酒が
登場することもある。

ある日、その奥から一本の四合瓶が出てきた。
黒龍 石田屋。
確か黒いラベルに「石田屋」と
書かれていたように記憶している。

「へえ。黒龍の大吟醸も高いけど、
これはもっと高いわけ?」
そう聞く私に、お兄さんは教えてくれた。
「そうなんです。
これが黒龍の最高峰なんです」

最高峰。その言葉を聞いたら、
飲んでみたくなる。
一合はいらない。
ほんの一口でいい。
けれどメニューを見ると、
15年ほど前のことだったと思うが、
一合3,000円くらいした。

うーん。一口飲んでみたい。
でも3,000円は、ちょっともったいない。
そこで私は、お兄さんににっこり笑った。
「ねえ。試飲させて」我ながら図々しい。

ところが彼は、「いいですよ。」と、
あっさり笑った。
瓶ビールと一緒に出てくるような、
小さなグラス。
そこへ3分の1ほど注いでくれた。
——あれ。試飲にしては、結構入っている。

そんなことを思いながら、
グラスを口へ運んだ。

一口。

すうっ。

喉を通った。

そして、消えた。

後味をべたべたと残すこともなく、
すっと切れる。
ほのかな辛口。

でも、私が知っていた黒龍の大吟醸より、
どこか柔らかい。
尖ったキレではない。
口の中から喉へ。
喉から身体の中へ。
どこにも引っかからず、
ただ自然に流れていく。

水のよう、というのとも少し違う。
ちゃんと酒の味がある。
ちゃんと米の気配もある。
それなのに、何かを主張する前に、
すうっと身体へ溶け込んでしまう。

ああ、美味しい。
そう思った。

もっとも、その頃の私である。
「こんな高いお酒を、
ただで飲ませてもらっている」
という満足感も、
美味しさに
少々上乗せされていたのかもしれない。

そして私は、
まだ欲しそうな顔をしていたらしい。
お兄さんが笑って、
「もう少しいきます?」と、
おかわりをくれた。
そして、もう一杯。
結局、小さなグラスで3杯ほど
飲ませてもらった。

——あれ?これ、
合わせたら一合くらい飲んでない?
さすがに少し申し訳なくなった。
だから帰り際、
会社関係の宴会の予約を
2件ほど入れて帰った。

これぞまさしく、ギブ・アンド・テイク。

今思い出しても、ちょっと笑ってしまう。

けれど、あの日の石田屋の味は覚えている。
酒蔵が「最高峰」として世に送り出す一本。
それは単に、
値段が高いということではなかった。

お米を磨く。
酒を醸す。
待つ。
整える。
余分なものを
ひとつずつ削ぎ落としていった先に
残ったもの。

華やかさを見せつけるのでもなく、
辛さを誇示するのでもなく、
ただ静かに、すうっと入ってくる。
研ぎ澄まされているのに、
尖っていない。透明なのに、
味がないわけではない。
あの柔らかなキレ。
あれが、私の中に残っている
「石田屋」なのだと思う。

あれから一度も、
石田屋には出逢っていない。
人に「黒龍の石田屋って知ってる?」
と聞いても、
「ああ、知ってる。」と返ってくることは、
あまりなかった。

そういえば、
あの日も普通に棚に
並んでいたわけではなかった。
お兄さんが、
奥からそっと出してきた一本だった。

調べてみれば、今も生産本数が限られ、
いつでも手に入るお酒ではないという。
やっぱり、あの日の一杯は、
少し特別な出逢いだったのだろう。

もし、もう一度どこかで出逢えたなら。
今度は試飲をねだらずに——
いや。
私のことだから、またにっこり笑って、
「ほんの一口だけ」なんて
言ってしまうかもしれない。

でも今度は、値段でも、
「最高峰」という言葉でもなく、
もう一度確かめてみたい。
あの、口から喉へ、
喉から身体へと、
何の抵抗もなく流れていった味を。

黒龍 石田屋。
またいつか、
出逢ってみたい一杯である。

研ぎ澄まし
なお柔らかく
消えてゆく
記憶に残る
石田屋の酒

— Morimura