大さん橋をあとにした。
朝からずっと、
心は幽玄世界を軽やかに舞っていた。
空へ飛び、
風に乗り、
月へ遊びに行き、
雲の向こうへ心を飛ばしては、
また戻ってくる。
そういえば、HOKAって、
鳥のように軽やかに走るような
イメージだったかしら。
今朝の私の心は、まさにそんな感じだった。
けれど、心があまりにも軽やかに
飛び回るものだから、
とうとう脳の方が追いつかなくなった。
がっちゃんこ。
どうやら一度、
ショートしたらしい。
ベンチに腰掛けて深呼吸。
お水、ごくごく。
冷たい水が、
微睡んだように熱を持っていた頭の中を、
ジャワッと冷やしてくれた。
森村営業開始の文章を作りながら、
自分で笑ってしまった。
心はまだ舞い上がっているのに、
コミカルな言葉に触れた脳は、
「ああ、やっと日常業務だ」と、
ほっとしているようだった。
やっぱり空想の世界を描くって、
脳もずいぶん働いているのね。
そう思いながら大さん橋を出た。
ようやく私の心も、
空から地上へ舞い降りてきた。
天使ではないけれど。
地に足がついた。
そんな感じだった。
そして、いつもとは少し違う道へ
右に曲がってみた。
そこにあったのが、横浜市開港記念会館。
建物があることは知っていた。
でもこれまで、中を覗いてみたい。
開港の頃の横浜をもっと知ってみたい。
そこまで強く心を引かれたことはなかった。
ところが今朝は、なぜか足を止めた。
教科書に書かれた歴史ではなく、
その向こう側にあった
人々の暮らしや街の空気を、
少し覗いてみたい。
そんな気持ちがふっと芽生えた。
そして案内を見ながら、
頭の中にひとつの計画が生まれ始める。
あ。森村探検隊。
また新しい探検ができそう。
そんなことを考えながら歩いていると、
鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。
小さなひまわりのような花。
でも、ひまわりにしては少し小さい。
黄色いマーガレット?
気になって調べてみると、
ヒメヒマワリだった。
花言葉のひとつは、「憧れ」
その言葉を見た瞬間、
また私の心は少しだけ空へ向かった。
私は毎朝、
どうしてこんなに空を見上げるのだろう。
太陽そのものを見たいわけではない。
月だけを探しているわけでもない。
空の向こうに広がる世界。
そこにいるような気がする神様。
月の女神。
雲が織りなす物語。
私はきっと、
そんな天空の世界そのものに
憧れているのだろう。
だから毎朝、空を見上げては、
そこへ自分の心模様を重ねる。
ヒメヒマワリは、
「それでいいのよ」と言うように、
鮮やかな黄色の顔を小さく揺らしていた。
そこからまた歩く。
丸和の前を通り、十番館へ。
馬や牛の水飲み場を眺めながら、
さっき芽生えた探検計画が
また頭の中で動き出した。
あそこにも寄りたい。 ここにも寄りたい。
せっかくだから、
これも。……あら。
森村探検隊だったはずなのに、 いつの間にか森村旅行代理店になっている。
私は企画を練るのが好きだから、
こういう時間も嫌いではない。
むしろ楽しい。
ただし、「あれも、これも」を始めると
止まらなくなるのが私。
六道の辻を
今日はもう少しゆっくり見ようと
思っていたのに、……忘れた。
探検計画で頭がいっぱいだった。
まあ、いい。
また次がある。
そして私は再び伊勢佐木モールへ入った。
不思議だった。
今朝、まだ夜が明ける前にもここを歩いた。
そして今は7時過ぎ。
あれから約2時間半。
同じ道なのに、
街はもうまったく違う顔をしていた。
シャッターを開ける音。
朝の支度を始める音。
行き交う車のエンジン音。
少しずつ間隔が短くなり、
街が目を覚ましていく。
夜を照らしていた明かりは消え、
雲に溶ける太陽の光はまだ淡いけれど、
確実に、朝が来た。
私の小さな空も、
いつの間にか真っ白になっていた。
いっぱいの余白。
そこへ今朝拾ったものが、
少しずつ色を置いていく。
白。
月の黄色。
木々の緑。
海の青。
風は最初、白かった。
それがだんだん空の色へ近づいていった。
黒船を思った黒。
ヒメヒマワリの鮮やかな黄色。
十番館の煉瓦のテラコッタ。
丸和の白と黒。
かをりの入口のオレンジ。
なんてたくさんの色を拾ったのだろう。
でも不思議。
まったく重たくない。
今朝、心に架かった虹が、
色を受け取るたびに
さらに光を増しているようだった。
そして、ふと思った。
朝ごはん。
今日はなぜか、
セブンイレブンの金のシリーズの
エビチリが食べたい。
すると今度は、赤。
チリソースの赤。
エビの赤。
そこへ白。
また新しい色が余白へ飛び込んできた。
なんで朝からエビチリなのかしら。
月見マフィンにはあれほど心を惹かれたのに、 今日は少し重たい。
なのにエビチリは食べたい。
……どういうこと?
もしかすると、
頭の中ではエビチリとエビフライが
どこかで混線して、
これから始まるひれかつ探検の
小さなプロローグにでも
なっているのかもしれない。
まあ、理由なんてなくてもいい。
ピリッとした味も、
その赤も、
今日の私の余白を染めるひとつなのだから。
余白に色を受け入れる。
いろんなものを感じる。
そしてやがて、群青を通り、
漆黒へ沈み、また白へ還る。
そうして、新しい余白をつくる。
今朝気づいた「心の呼吸」は、
どうやらこういうことなのかもしれない。
受け取って。
染まって。
手放して。
白へ還って。
また受け取る。
それを私は、
生きている限り繰り返していく。
そんなことを考えていたら、
ゴールが見えてきた。
モチおじさん。
昨夜の雨と、今朝のぽつぽつ雨で、
まあ。
水も滴るいい男。
そして、なぞちゃん。
あなたもちょっと潤って、
元気になったみたいね。
今朝、出発するときには
挨拶を忘れてしまったから、
帰りはちゃんと声をかける。
そうか。
木々だって呼吸している。
もしかするとモチおじさんとなぞちゃんも、
風や雨や光を受け取りながら、
自分たちなりの色に染まり、
また静かに還しているのかもしれない。
そう思ったら、
今朝見つけた「心の呼吸」が、
人だけのものではないような気がしてきた。
空も。
海も。
風も。
木々も。
街も。
みんなそれぞれに呼吸しながら、
今日という一日を迎えている。
さて。
私もそろそろ、
次の時間へ向かおう。
白い余白には、
もうたくさんの色が入り始めている。
それでもまだ、
今日を描く場所はたっぷり残っている。
色拾い
白き余白へ
朝を描く
呼吸するごと
今日がひらける
— Morimura
地上へ舞い降りて|白い余白に色を拾う朝
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