月が見たい。

そう思いながら歩いていると、
木々の間から丸い光が見えた。

あ。

月。

胸がほんの少し跳ねた。

けれど、近づいてみれば、
それはホテルの屋外広告塔の明かりだった。

なんだ。

思わず笑ってしまった。

月を見たいと思いすぎると、
人はこんなものまで月にしてしまうらしい。

でも、その小さな勘違いのおかげで、
私は月のことを考え始めた。

この季節になると、

街には「月見」があふれる。

月見そば。

月見うどん。

月見バーガー。

そして、その真ん中には決まって卵。

昔は、
ただ卵をひとつ落としただけなのに、
どうして「月見」なのだろう。

そんなふうに思ったこともあった。

けれど、よく見れば、

ふっくらと丸い黄身は、
確かに満月に似ている。

淡い黄色。

濃い黄色。

少しオレンジを含んだ黄色。

そういえば、月も同じだ。

白く見える夜もあれば、
黄金色に見える夜もある。

赤みを帯びる夜もある。

以前、卵の黄身の色は、
値段ではなく
鶏が食べる餌によって変わると知った。

ならば――月の色も、
餌によって変わるのかしら。

そんなことを考えて、

また一人で笑った。

でも、その次の瞬間。

では、月の餌って、何だろう。

そう思った。

もしかすると、

地上から月を見上げる人々の
心なのかもしれない。

叶えたい願い。

言葉にできなかった悲しみ。

誰にも見せなかった涙。

逢いたいという思い。

ありがとうという気持ち。

もう手放したいもの。

それらを私たちは、
知らず知らずのうちに
月へ送り続けているのではないだろうか。

月はそれを黙って受け取る。

悲しみも。

喜びも。

後悔も。

憧れも。 

そして自分の中でゆっくり溶かし、

光へ変えて、また地上へ返してくれる。

だから月の光は、
あんなにも優しいのかもしれない。

そして月には、ウサギがいる。

自ら火の中へ身を投じてまで、
誰かを救おうとしたという優しいウサギ。

悲しい物語。

けれど私は今朝、
それを悲しいだけの
物語にはしたくなくなった。

神様は、

その優しさを永遠に忘れないために、
ウサギを月へ
連れていったのではないだろうか。

ならば月は、
あのウサギを閉じ込めた場所ではない。

守る場所。

やさしさを残す場所。

そう考えて空を見上げると、
雲の形がゆっくり変わっていた。

ひとつの雲が、
両手をいっぱいに広げた人のように魅えた。

その向こうには、

小さなウサギ。

あ。

月の女神。

そう思った。

きっとウサギは、
月の中だけで暮らすのが
少し窮屈になったのだ。

夜の終わりに、

「ちょっとだけ」

そう言って月を抜け出し、
空をぴょんぴょん
跳ね回っていたのかもしれない。

そして朝が近づいた。

月の女神は両手を伸ばす。

もう朝よ。
そろそろ戻っておいで。

けれどウサギは、

もう少し。

もう少しだけ。

そんな顔をしながら、
群青の空を駆け回っている。

やがて女神の手にそっと抱き上げられ、

月へ帰ってゆく。

もうすぐ太陽の時間が始まるから。

そんな物語が、
今朝の空にはあった。

もちろん、それは私にしか見えない物語。

けれど、それでいい。

空には決まった物語などない。

雲が動けば、物語も動く。

風が吹けば、登場人物も変わる。

昨日とは違う私が見上げれば、
昨日とは違う天空が生まれる。

だから私は毎朝、空を見上げるのだろう。

月へ心を預け、

風に言葉を預け、

雲の形に物語を預ける。

そして少し軽くなった心を、
また地上へ持ち帰る。

次に月を見るとき、

私はきっと昨日までとは違う光を見る。

そこには、地上から届けられた
無数の心が溶け込み、

月の女神とウサギが、

それを優しさへ変えながら、

静かにこちらを魅つめている。

そんな気がする。

月はきっと、
私たちが手放した心を食べて、
やさしい光に変える。

そして今夜もまた、

その光を抱いたウサギが、
月の中を軽やかに跳ねている。

— Morimura