17時になろうとしていた。
そろそろ出かける支度をしよう。
今日の居場所を片づけながら、
ふと手が止まった。
そうか。
しばらく、この私の定番の居場所とも
お別れなんだ。
そう思うと、
ほんの少しだけ寂しい気持ちになった。
いつもなら何気なく過ごしている場所なのに、
離れるとなると
急に愛おしくなるから不思議だ。
メイクを少し直して、
髪も整える。
よし、準備OK。
そして外へ出た。
風さん、一緒に行きましょう。
「今日は、これが最初のドアだね」
そうだね。
でも、おそらく今日の最後のドアにも
なると思うわ。
そう。
今日はあなたと、
ずっと一緒に過ごせる。
そのことが、なんだか嬉しくて仕方がなかった。
待ち合わせの場所へ向かうと、
あなたはもうそこにいた。
あなたの姿が目に入った瞬間、
今日という日を楽しみにしていた思いが、
心の中でふわっと弾けた。
やっと逢えた。
ただそれだけで、
胸の中がいっぱいになった。
先月、あなたが連れて行ってくださったお店。
あのお店、よかったね。
また行きたいね。
そんな話をしていたら、
今日も再び
連れて行ってくださることになった。
覚えていてくださったこと。
そして、もう一度そこへ
連れて行こうと思ってくださったこと。
そんなあなたのさりげない心遣いが、
私にはとても嬉しかった。
あなたの優しい笑顔を魅ながら、
乾杯。
旬の一品をいただきながら、
お料理の話から始まった会話は、
いつの間にかあちらへ、こちらへ。
話せば話すほど、
ふたりの世界が少しずつ広がっていく。
その時間が楽しくて、
私の心まで、
土瓶の蓋を開けた瞬間、
松茸の香りが静かに秋を解き放つように、
私の心も、ふわり、ふわりとほどけていった。
料理は、五感で味わうもの。
香り。
色。
食感。
音。
そして、舌に残る味わい。
でも、それだけではないのだと思う。
今、誰とこの空間にいるのか。
どんな言葉を交わし、
どんな表情を魅ながら、
どんな気持ちで
その一皿をいただいているのか。
その時の流れそのものが、
料理の味わいを、
もっと深いところへ運んでくれる。
舌だけではなく、
心までが味わっている。
そんな感覚だった。
そして――ふたりだけの世界へ。
あなたの優しさと温かさに包まれながら、
いつも私の心をまるごと
受け止めてくださるあなた。
私が差し出した思いを、
ちゃんとあなたの思いにして
返してくださるあなた。
そんなあなたと過ごしているうちに、
ほろ酔いの心まで、
すっかりほどけてしまった。
少し夢見心地のような、
秋の夜長。
ただ同じ時間の中にいることが、
こんなにも心地よい。
今日も、
とてもいい時間を過ごすことができました。
ありがとう、あなた。
また、待っていますね。
そして、その余韻を胸いっぱいに抱えたまま、
私は待機所へ戻った。
外へ出ると、
風はやっぱり冷たかった。
思わず肩をすくめたくなるほどの秋の夜。
それなのに。私の心は、
不思議なくらい温かかった。
今夜あなたからもらった温もりを、
まだ胸の中に抱いているからなのだろう。
外は冷たい秋。
けれど、
私の中には、
小さな灯りがひとつ。
まだ消えずに、
やわらかく灯っていた。
逢ふたびに
ほどけてゆける
この心
秋の灯のごと
君にあたたむ
— Morimura
秋宵、心ほどけゆく✨
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