長い一日が終わろうとしている。
今日という日を振り返ってみると、
なんだか不思議。
まるで、
もう一度
自分の成人式をしたような一日だった。
もちろん、
晴れ着を着たわけでもない。
大勢の人に祝ってもらったわけでもない。
それなのに今日、
たったひとつの
「はたち」という言葉の響きから、
ずいぶん遠くまで心が旅をした。
はたち。
その三文字を口にしただけなのに、
閉じていたはずの扉が、
ひとつ、またひとつと開いていった。
ずっと昔の私。
まだ今ほどたくさんの景色を知らず、
今ほどたくさんの別れも知らず、
それでも自分なりに一生懸命、
未来へ向かって歩いていた私。
あの頃の笑顔。
あの頃の空気。
忘れたと思っていたことまで、
風に運ばれるように戻ってきた。
懐かしい。
でも、不思議と寂しいだけではなかった。
むしろ今日は、
遠い日の私に逢いに行って、
「ちゃんとここまで来たよ」
そう伝えに行ったような気がする。
もしかしたら今日の成人式は、
はたちの私が大人になるための式ではなく、
今の私が、
はたちの私を
もう一度迎えに行くための式
だったのかもしれない。
そして心の旅から戻ってきた私は、
今度は横浜の街へ。
じっとしているなんてもったいない。
はたちの笑顔に背中を押されるように、
横浜プチ巡りが始まった。
歩いて、
見つけて、
寄り道して。
そして、念願の丸和のヒレカツ。
「とうとうここまで来たわ」
そんな小さな達成感まで一緒に味わいながら、
ひと口。
おいしい。
またひと口。
お腹が満たされていくと同時に、
探検隊の宿題をひとつ終えたような、
妙な満足感まで膨らんでいった。
そして十番館のビスカウト。
長く変わらずそこにあるものには、
食べ物以上の何かが宿っている。
ひとつの味が、
その街の記憶になっている。
私にとって横浜も、
いつの間にか
そんな場所になってきたのかもしれない。
大さん橋。
山下公園。
大通り公園。
馬車道。
中華街。
そして、
小さなお店や、
何気なく通り過ぎる路地まで。
最初はただの「訪れる街」だった横浜が、
少しずつ私自身の物語を持つ街になっていく。
今日もまた、
そのページが何枚も増えた。
だから今日は、
お腹いっぱい。
胸いっぱい。
思いいっぱい。
本当に、いっぱい、いっぱいの一日。
でも今日の物語は、
それだけでは終わらなかった。
最後に現れたのは、風さん。
朝からずっと、
いろいろな風に運ばれてきた一日の最後に、
まるで、「今日はよく旅をしたね」
と言うように、
そっとそばへ来てくれた。
考えてみれば今日の始まりも、
はたちの風だった。
遠い記憶へ連れていってくれたのも風。
横浜の街へ背中を押してくれたのも風。
そして一日の最後、
満ち足りた心を静かに包んでくれたのも、
やっぱり風だった。
ねえ、風さん。
今日はずいぶん遠くまで行ったわね。
時間を越えて、
昔の私に逢って、
今の横浜を歩いて、
おいしいものを食べて、
たくさん笑って、
いろんな人と心を交わして。
そしてまた、
ここへ帰ってきた。
今日という日の私は、はたちでもあり、
今の私でもあり、
その間に過ごしてきたすべての私でもあった。
だから今日が、
なぜか成人式のように
感じられたのかもしれない。
人生に成人式が一度しかないなんて、
誰が決めたんだろう。
心が新しい扉を開くたび、
人は何度でも、
自分だけの成人式を
迎えていいのかもしれない。
今日の私は、昔の私に「おめでとう」と言い、
今の私にも、
「ここまでよく歩いてきたね」と、
小さく拍手をしてあげたい。
そしてまた明日から、
新しい私で歩いていこう。
はたちの風が残してくれた、
ほんの少し若々しい心を連れて。
今夜はもう、十分。
お腹も、胸も、心も、いっぱい。
満たされた今日という一日を、
そっと両手で抱えるようにして、
ここで静かに閉じよう。
ねえ、風さん。
今日の最後を、そっと閉じてくれる?」
ふわり。
やさしい風が頬を撫でた。
まるで、
「うん」と答えてくれたみたいに。
今日も、いい一日だった。
はたち風
遠きわたしを
連れ帰り
満ちたる胸に
秋の夜降る
— Morimura
はたちの風、遠き日をひらく✨
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