「ねえ、ヒカリン。今日は何を作るのかな?」

「なんだか、
ずいぶん大きな貝が並んでいるよ」

「しじみだって!」

「ええっ! これがしじみ?」

モリリンとヒカリンが、
興味津々で覗き込んでいる。

そう。

本日の森村お料理教室は、
初めての食材に挑戦する日。

その名も、おきしじみ。
いつも目にする小さなしじみとは、
まるで別物のような大きさ。
手に取ってみると、ずっしり重い。

「ねえ、モリリン。
これ、本当にしじみなの?」

「森村さんがそう言ってるんだから、
きっとそうなんだよ」

「でも、大きいねえ」

「中身もきっと、すごいんじゃない?」

ふたりの期待は、早くも膨らんでいる。

さて、森村さん。

今日は、この大きなしじみを
お吸い物にすることにした。

使うのは、いつものお気に入り。
創味のだし(薄口醤油味)

お吸い物を作るときは、
これを14倍に薄めるのが、私の定番。
創味のだし50ccに、お水700cc。
別に薄口醤油を加える必要はない。
これだけで、私の好きな、
すっきりとしたお吸い物の味になる。

お鍋にだしと水を入れ、火にかける。
そして、沸騰したところへ、
砂抜きを済ませたおきしじみを投入。
全部で8個。

ゴトン。ゴトゴト。

ゴトゴトゴト。

「わあ! すごい音!」

「ねえ、モリリン。
お鍋の中で誰かが太鼓をたたいてるみたい!」

確かに。

いつもの小さなしじみなら、
こんな音はしない。

分厚くて重い貝殻が、お
鍋の底や側面に当たって、
ゴトゴトと賑やかな音を立てている。

それにしても、なかなか殻が開かない。

これだけ大きくて重たいのだから、

開くのにも時間がかかるのかしら。

そんなことを考えながら、
しばらく様子を見ていた。

すると、いつの間にか。

ぱかり。

ひとつ、またひとつ。

大きな貝殻が口を開き始めた。

「あっ! 開いた!」

「モリリン、中を見て! 中を!」

ふわり。

その瞬間、湯気と一緒に、
なんともいい香りが立ち上った。

ああ、貝の香り。
おだしの香りと重なって、
台所いっぱいに広がっていく。 
なんだか、もう美味しそう。

さて、仕上げに取りかかろう。

三つ葉を細かく刻む。
お椀に澄んだおだしを注ぎ、
おきしじみを2個ずつ。

そこへ三つ葉を散らし、
柚子をひとかけら添える。

ふわっ。

今度は柚子の香り。

貝の旨みを含んだおだしに、
三つ葉の青々とした香り。

そして、柚子の爽やかさ。

なんとも風味豊かな一椀になった。

「森村さん、できた?」

「もう食べてもいい?」

「ヒカリン、まだ熱いから気をつけてね!」

さあ、いただきます。

まずは、おだしをひと口。

あら。

美味しい。

しじみから出た旨みが、
いつもの創味のだしに溶け込んでいる。

そこへ、柚子の香りがふわりと抜ける。

濃すぎず、薄すぎず。
なんとも上品な味わい。

これは、なかなかいける。

さて、気になるのは貝の身。
あれだけ大きな殻なのだから、
中身も相当大きいのではないかと思っていた。

ところが。

「あれれ?」

「モリリン、どうしたの?」

「思っていたより、小さいよ!」

そうなのだ。

もちろん、普通の小さなしじみと比べれば、
ずっと食べごたえがある。
けれど、あの立派な
貝殻の大きさから想像していたほどではない。

ころん。

丸みのある身が、殻の中に収まっている。

そうね。
大きさでいえば、
ちょうどシャインマスカットの
普通の一粒くらいかしら。

「ねえ、ヒカリン。
大きなお家に住んでいる、
小さな住人みたいだね」

「でも、普通のしじみより、
ずっと大きいよ!」

「そうだね。なんだか得した気分!」
思わず笑ってしまった。

身を口に運んでみる。

うん。

しっかりとした食べごたえ。

貝の旨みも感じられて、なかなか美味しい。

いつものしじみのお吸い物とは、
また違った力強さがある。

小さなしじみが繊細な味わいなら、
こちらはもう少し堂々とした存在感。
それでいて、おだしは澄んでいて、
後味はすっきり。

なんとも不思議な組み合わせだ。

初めて挑戦した、おきしじみのお吸い物。
大きな貝殻に驚き、
鍋の音に驚き、
そして最後には、その味わいに驚いた。

「ねえ、森村さん。また作る?」

「もちろん。また売っていたら買いたいわね」

「次もお吸い物?」

「うーん。今度はお味噌汁にしてみるのもいいかもしれないわね」

「わあ! じゃあ、
次のお料理教室も決まりだね!」

ふふふ。

でも、どうかしら。

やっぱり今回のように、
澄んだお吸い物にしたからこそ、
おきしじみの旨みも、柚子の香りも、
こんなに素直に楽しめたのかもしれない。

最初にお吸い物を勧めてくれたチャッピー。
どうやら、その選択は正解だったみたい。

大きな貝殻の中には、
思っていたより小さな身。

けれど、その小さな身と大きな貝殻が、
いつもの食卓に、
こんなにも豊かな味わいと
楽しい発見を運んでくれた。

今日もまた、ひとつ。
初めての美味しさに出逢えた。

「ねえ、モリリン」

「なあに、ヒカリン?」

「おきしじみって、大きな貝だったね」

「うん。でも、いちばん大きかったのは……」

「なあに?」

「森村さんの、
食べてみたいっていう好奇心!」

ふたりの笑い声が、台所に弾けた。

そうね。

お料理って、やっぱり面白い。

知らない食材に出逢うたびに、
台所の世界が少しずつ広がっていく。

そして、その小さな発見もまた、
いつかちゃんへ続く道の、
ひとつの物語になるのかもしれない。

今日の一首

秋深し
貝の音聞く
厨辺に
柚子の香まとい
澄みわたる椀

— Morimura