星が観たくて、
まだ夜の気配が残るうちに目を覚ました。

本当なら、静かな空を見上げて、
星たちとしばし語り合うはずだった。
けれど、今朝の私を待っていたのは、
星明かりではなく仕事のあれこれ。
気づけば、夜空を見上げる余裕さえなく、
朝の時間は慌ただしく過ぎていった。

午前中も、メールが届けば返信し、
電話が鳴れば応じ、
確認が必要なことは調べ直して、
またメールを書く。
その繰り返し。
ひとつ片づけたと思えば、
また別の用事が顔を出す。

あれ、私、
今日は何時から出勤するんだったかしら。
もともとの予定は12時。
そこから14時に変更していただき、
さらに15時へ。
それなのに、結局は15時にもぎりぎり。
時計の針を追いかけているつもりが、
いつの間にか時計の針に追い立てられていた。

星を追いかけるはずの朝が、
時間に追いかけられる一日になるなんて。
そんな少し可笑しな巡り合わせに苦笑しながら、ようやく気持ちを切り替えた。

そして、本日最初のドアが開きました。
そこにいらしたのは、
笑顔がとても素敵なあなた。
優しさが、
そのまま空気になって
伝わってくるような方だった。

目が合うなり、
あなたは「綺麗だね」「スタイルがいいね」「おしゃれだね」と、
褒め言葉を次々に並べてくださった。

えっ、そんなに一度に?
思わず照れてしまうほどの言葉の花束。
しかも、ひとつひとつが
飾り気のない笑顔と一緒に届くから、
不思議と素直に受け取れてしまう。
朝から気忙しくしていた私の心が、
ふっとほどけていくのを感じた。

さらにあなたは、
「ずっと逢いたいと思っていた」
「やっと逢えた」と。
まあ、そんなふうに言っていただけたら、
嬉しくならないわけがないでしょう。

ついさっきまで
時計とにらめっこしていた私なのに、
もう気分は絶好調。
人の心って、
案外単純なのかもしれない。

いいえ、
こんなに優しい言葉を
惜しみなくくださるあなたが、特別なのね。

そして、あなたが
差し出してくださった一通の封筒。
それを見た瞬間、
私、思わず笑ってしまった。

なんて粋なのかしら!
ここまでユーモアを忘れずに、
相手を楽しませようとしてくださる方は、
そう多くない。

私はこういう遊び心が大好き。
真面目な顔をしていても、
心のどこかに
小さないたずら心を忍ばせている人って、
素敵だと思う。

封筒ひとつで、
私の笑顔を引き出してしまうなんて。
あなた、なかなかの腕前ですね。

それからは、
会話がくるくる、くるくる。
ひとつのお話から別のお話へ。
あちらへ飛んだと思えば、
またこちらへ戻ってくる。

けれど、少しも途切れない。
言葉を投げれば笑顔が返り、
笑えばまた新しい話が生まれる。
まるで息の合ったダンスのよう。

こんなにも自然に笑い合えるなんて。
あなたの明るさと優しさが、
心地よいリズムをつくってくださっていた。

やがて、あなたが
「お任せします」とおっしゃった。
「じゃあ、任せてね」そう答えた途端、
さっきまで弾んでいた会話とはまた違う、
静かな時間が流れ始めた。

そっと触れた指先に伝わるぬくもり。
あなたが
心地よさそうにしてくださるのが嬉しくて、
私も自然と夢中になっていった。

そして、あなたが何度も
私の頭をなでなでしてくださるものだから。
もう、そんなことされたら、
嬉しくなっちゃうじゃない。

優しくされると、
もっと優しくしたくなる。
喜んでいただけると、
私まで幸せになる。

そんな気持ちが行ったり来たりして、
いつの間にか、
ふたりの間に流れる時間まで
柔らかくなっていた。

今度はあなたからのお返し。
その優しさを受け取るうちに、
気がつけば私のほうが、
あなた以上に甘えていたような気がする。

あれほど「任せて」と
頼もしく言っていたのに、
最後は私のほうがすっかり甘えん坊。

ふふっ。

これは、あなたには内緒にしておこうかしら。
いいえ、もうとっくに気づかれていたわね。

そして、香りの贈り物まで。
ありがとう。
これで洗って、
今度お逢いするときには、
ほんのりフランスの香りをまとっていたいな。

香りは不思議。
目には見えないのに、
ふとした瞬間に、
そのときの笑顔やぬくもりまで
連れてきてくれる。

次に同じ香りが漂ったら、
きっと今日のあなたを思い出すのでしょう。

帰り際、あなたは「また来るね」と
おっしゃってくださった。
そのひと言が嬉しくて、
私もまた次にお逢いできる日を
思い描いていた。

そうそう、
次回はガータースベルトを持っていきますね。

小さなお約束がひとつ増えるだけで、
次の再会がこんなにも楽しみになるのね。

やがて、 あなたが
タクシーに乗り込むのを見届けた。
遠ざかっていく車を見送りながら、
さっきまで目の前にあったあなたの笑顔と、
優しい後ろ姿を思い浮かべる。

外は、夕闇に包まれようとしていた。
朝は星を見ることさえできず、
時間に追われ続けた一日。
それでも、最後には
こんなにあたたかな光が待っていた。

あなたと過ごしたひとときは、
まるで黄金色に輝く月の光のよう。
眩しすぎず、
けれど確かに心を照らしてくれる、
優しくて、少し甘い光だった。

ありがとう、あなた。

今夜はきっと、空に星が見えなくても、
私の心の中には小さな輝きが残っている。