4:30に起きて、5:00少し前に部屋を出た。

階段を下りて、まず気になったのは、
目の前にそびえる一本の樹木だった。

でも、今日、最初に心へ入ってきたものは、
木ではなく、風だった。
柔らかな風。
その風の中に、
私の心にあるいろいろな思いが乗っていく。

楽しかったこと。
嬉しかったこと。
苦しかったこと。
辛かったこと。

心の中に残っているものを、
風がひとつ、
またひとつと
取り出してくれているようだった。

風さん、おはよう。
ありがとう。
昨日も、あなたにはずいぶん救われたね。

今日は、ひんやりした風が気持ちいい。
太陽も出ているはず。
空だって、そこにある。
それなのに今、私の心に入ってくるのは、
風だけだった。

『千鳥』が聴きたくなった。
風が私を呼んでいる。
私が風を呼んでいる。
あのフレーズが聴きたくなった。

『千鳥』を聴きながら、
緩やかな坂道を上っていく。
建物の並ぶ道を抜けたところで、
ようやく空が目に入った。
一気に視界が開ける。
そして、広い空の中に、
ひとつの大きな雲があった。

あ。
昨日、パンチをして、
最後には溶けてしまったはずの、
人の顔のような雲。
でも、よく見ると昨日とは違う。
今日の私には、
その姿がなぜか――
ゼウスのように見えた。

きっと、朝一番に撮った木を
アプリが「ポルトガル月桂樹」と
判定したからだ。
本当に月桂樹なのかどうかは、
まだ分からない。
けれど「月桂樹」という言葉を聞いた途端、
私の想像はもう天空へ飛んでいた。
空と太陽の前にひざまずき、
頭を垂れ、月桂樹の冠を授かる。
そんな光景まで、頭の中に浮かんでいた。

だからだろう。
空に浮かぶ大きな顔は、
すっかり天空を司る神になっていた。
あ。
ゼウスが、口から何かを吐き出した。
もちろん、本当はただの雲。
でも、その口元から生まれたように見える
小さな雲が、さらに小さく分かれながら、
太陽へ向かってまっすぐ進んでいく。
天空を操っているのは、
やっぱりあの神なのかしら。

そんなことを考えていると、
太陽の光が急に強くなった。
眩しい。
その光を浴びながら、
ひまわりたちが一斉にこちらを向いていた。
おはよう。
満面の笑顔で、そう言っているようだった。
百日紅は、昨日より、
少し花が増えたようにも見える。
まだ咲いている。
まだ頑張っている。
自然の恵みをいっぱいに受けながら。

そして私もまた、その自然の恵みの中にいた。
不思議だ。
雲がゼウスであるはずなどない。
それでも、今の私にはゼウスに見える。
きっと今日、私が見ている空は、
私の心が描いている一枚のキャンバスなのだ。

昨日、少し心が沈んだとき、
私はその思いを文章にした。
心の中にあるモヤモヤを、
言葉にして外へ出した。
そして、その言葉を風さんに預けた。
どこか遠くへ運んでもらうように。

書いているうちに、
不思議なくらい心が軽くなった。
悲しい気持ちを言葉にする。
苦しい気持ちを言葉にする。
嬉しさも、楽しさも言葉にする。
そして、心の外へ思い切り放つ。

そうすると、心の中に「無」が生まれる。
何もなくなったように見えるけれど、
きっとそれは空っぽなのではない。
新しいものを受け入れるために生まれた、
静かな余白なのだ。

風さんは、いつも私に言葉をかけてくれる。
励ましてくれる。
慰めてくれる。
嬉しいときには、一緒に喜んでくれる。
悲しいときには、一緒に悲しんでくれる。
でも昨日、ふと思った。
風さんが私に語ってくれている言葉は、
もしかしたら私自身の
心の言葉なのかもしれない。

私の心が風さんになって、
私自身へ語りかけている。
だから、思いを言葉にすること。
そして、それを文章として表すこと。
そんな創造の営みが、
私の心を
穏やかにしてくれているのかもしれない。

いっぱいになった心を、
言葉と風が一気に押し流す。
そして、空いたところへ、
また新しい風が入ってくる。
そうやって私の心は、
ただ元へ戻るのではない。
昨日までの心より、
ほんの少しだけ豊かになって。
ほんの少しだけ、色鮮やかになって。
ほんの少しだけ、輝きを増していく。
だから、これからも文章を綴っていきたい。
私の思いを。

ふと空を見る。
さっきまでこちらを向いていたゼウスが、
くるりと背中を向けて、
どこかへ帰っていくように見えた。
ゼウスが吐き出した雲たちは、
風に乗って空を舞っている。
そして、残された太陽は、
ますます強く輝き始めた。

そんな天空のドラマを横目に、
『千鳥』を聴きながら軽快に歩く。
風が私を呼んでいる。
空が私を呼んでいる。
太陽が私を呼んでいる。
海が私を呼んでいる。
いつも見ているはずの広場の木々まで、
今日はやけに緑が濃く、
生き生きと輝いて見えた。

この木、何の木、気になる木。
そんな懐かしい歌まで頭に浮かんできて、
立ち止まって調べてみる。
桜だった。
そうだった。
ここは春になると、
美しい桜が咲く場所だった。
忘れていた。

毎日、その瞬間、その瞬間を
一生懸命に生きていると、
過ぎ去った景色は
いつの間にか記憶の奥へしまわれてしまう。
でも、ふと立ち止まる。
写真を撮る。
調べてみる。
そんな小さな寄り道が、
遠い記憶を連れて帰ってきてくれる。
だから最近、
私は寄り道することが好きになった。
立ち止まることも、好きになった。

くるりと振り返る。
観覧車の方角へ、
一本の長い雲がまっすぐ伸びていた。
これも、ゼウスがふっと漏らした吐息なのかしら。

そう思うと、空も生きている。
雲も生きている。
風も、木々も、太陽も。
みんなが力を合わせながら、
この世界を生きているように思えた。

さらに、空を魅つめる。
青い空。
ぽっかり浮かぶ白い雲。
流れる雲。
ぽこぽこと浮かぶ雲。
綺麗。
本当に、綺麗。
空へ飛んでいきたくなる。

そこへ、また風さんがやってきた。
「まだ大さん橋の先まで行っていないのに、
もう全部脱いでしまったみたいね。
すっきりした顔、とっても輝いているわ」

風が気持ちよくて、帽子を取った。
すると風さんは、
汗ばんだ私の顔の周りをぐるぐる回り、
額ににじんだ汗まで、
きれいに拭ってくれるように
吹き抜けていった。
風さん、
今日も大さん橋の先まで一緒に行こう。

大さん橋の入口へ差しかかる。
また空を見る。
今度は、ゼウスに叱られた小さな雲たちが、
太陽のほうへ慌てて逃げているように見えた。
何か、いたずらでもしたのかしら。

空に吸い込まれそうになりながら。
太陽の光に、とろけそうになりながら。
そして風を感じながら。
私の心のサンクチュアリーへ続く、
一直線の道を進む。

今日は右側の桟橋に、
大型船が停泊していた。
大きなエンジン音が耳をかすめる。
風がビュー、ビューと吹いてくる。
太陽はますます輝きを増している。
けれど、船の横を歩く道だけは、
その大きな船体が太陽を遮り、
涼しい日陰になっていた。
まるで、この先へたどり着く前に用意された
、小さなプロローグの舞台のようだった。

そして、大型船の姿が途切れた瞬間。
真っ先に目へ飛び込んできたのは
――太陽だった。
その光を受けて、きらきらと輝く水面。
そして、私の風。
今日は、いつもとは少し違った。
ここへ来るまでに、
もう私の心は洗われていた。
無になっていた。

だから、
何もない心へ最初に入ってきたものが、
風であり、
太陽であり、
光であり、
水だった。

水面から伸びる光の筋が、
まっすぐ私のほうへ向かっている。
今日は、その筋がいつもより太く見えた。
太陽の光も、ただ眩しいだけではない。
美しい。
その中に、ほんの少し
紫色の光まで混じっているように見えた。

私は、果てしなく広がる空を魅つめた。
空というキャンバス。
そこに何が描かれるのかは、
きっと空だけが決めるのではない。
魅る私の心もまた、一緒に描いている。
だったら今日も、
この真っ白な一日のキャンバスに、
心に響く景色を、ひとつ。
また、ひとつ。描いていこう。
今、ここにしかない景色を感じながら。

私の新しい一日の物語が、また始まった。