6:00、心のサンクチュアリーに着いた。

さあ、ここから今日の新しい物語を始めよう。
そう思いながら、
二作目の日記を仕上げていた。

音声入力した文章の誤字脱字を直し、
ようやく完成。
アップする。
ところが――「文章が長すぎます」
また、このメッセージ。
一段落削る。
前後を整える。
アップする。
またエラー。
さらに削る。
整える。
またアップ。
……またエラー。

今日は、これを何度繰り返したことだろう。
疲れた。
それでも、
ようやく無事にアップすることができた。

気づけば、一時間。
けれど、この一時間は無駄ではなかった。
おかげで、日記のシステムが
受け入れてくれる文章量の限界が、
かなりはっきり分かったから。

それにしても、
一時間も太陽の真っただ中に
座っていたものだから、
身体はぽかぽかを通り越して、
汗がたらたら。

風は気持ちいい。
でも今日は、どうやら風さんより
太陽の力のほうが強かったらしい。
水もなくなった。
喉も渇いた。
よし、パン屋へ行こう。

ビルの陰に入ると、急に風が涼しくなった。
道の両側には、昨日も見たイチョウ並木。
葉がそよそよと揺れ、
枝ごと風に身を任せている。
枝と枝が重なり、
葉と葉が擦れ合う。
暑かったでしょう。
ここで少し涼んでいって。
そんな声が聞こえてくるようだった。

風さん、もっと吹いて。
喉も渇いたし、暑いし。
あなたの風で潤しながら、
パン屋まで連れていって。

長い一本道を歩いている途中、
ふと思い出した。
テレビで観た、街路樹をAIで調べるという話。

木の場所や種類を特定するために、
一本一本に識別番号が付けられているという。
見ると――あった。
確かに、街路樹の幹に
番号のプレートが付いている。
ということは。
昨日から追いかけている、
あの謎の木にも番号があるのではないか。
その番号から、
木の正体に辿り着けるかもしれない。

そう思った途端、早く帰りたくなってきた。
パン屋へ急ぐ。
今日は昨日とは、
また少し違う品揃えだった。
昨日買ったパンはない。
その代わり、目に飛び込んできたのが、
エビとアボカドのクロワッサンサンド。
昔から好きな組み合わせ。
よし、今日はこれ。

それから帰り道につまむ、小さなパンを少し。
何度か通ううちに、
ミニパンにも私なりの好みができてきた。
少し硬めで、もちっとした食感。
気づけば、お気に入りは四種類くらいに
絞られている。
それでも店内を見渡せば、
まだ気になるパンがいっぱいある。

スモークハムと野菜の
フレンチトーストサンド。
フォカッチャ。
ナン。
彩りのいい野菜とチーズをのせたパン。
どうやら全制覇への道は、
まだまだ長そうだ。

パン屋を出る。
今日はピアノの音も聞こえない。
でも、そんなことより今の私は――
謎の木。
頭の中は、それでいっぱいだった。

馬車道のいつものベンチに腰を下ろし、
小さな玉子パンをひと口。
もちもち。
一口サイズなのも嬉しい。
水をごくり。
ああ、落ち着いた。

すると、
「もう。私を置いて先に行っちゃうんだから」
半べそをかいた風さんが、
ようやく追いついてきた。
あ、ごめんごめん。
木のことばかり考えて、忘れてた。

風さんがやってくると、
汗ばんだ身体がすっと冷えていく。
やっぱり気持ちいい。

今日は時間にも心にも余裕があるから、
久しぶりに大岡川まで行こうと思っていた。
でも。
一時間に及んだ日記との格闘。
そして突然思いついた、
樹木の識別番号。
私の頭の中で、
また小さな未来が書き換えられた。

今日は、大岡川へ行かない。
このまま伊勢佐木モールをまっすぐ帰ろう。
そして帰り道、あの謎の木の前で立ち止まる。
今度こそ、識別番号をしっかり確かめよう。

予定していた道とは違う。
でも、それでいい。
今日の私を動かしたのは、
一本の謎の木なのだから。