ベンチから立ち上がり、再び歩き始めた。

朝そばとは違って、ほんの小さなミニパン。
心とお腹と喉が潤い、身体は重くならない。

さあ、謎の木へ。
足取りも軽く、一歩を踏み出した。
時刻は8:06。
このまま歩けば、
8:15頃には謎の木のところへ着き、
8:30までには部屋へ戻れそうだ。

最近は、心のままに歩くようになってから、
帰る時間をあまり気にしなくなった。
出発した時間は覚えているのに、
何時に帰ったのかは、
いつも曖昧。

そんなことを考えていると――
あ。風さんだ。
私のゴール、伊勢佐木モールの方角から、
こちらへ向かって吹いてくる。
気持ちいい。
帽子を取り、額の汗を拭いた。

風さん、気持ちいいよ。
ゴールで待っていたのに、
待ちくたびれて迎えに来てくれたのね。
ありがとう。
でも今日は、まっすぐ帰らないよ。
モールの両側に並んでいる木を見ながら、
一本ずつ番号を確かめて帰るから。
風さんも、付き合ってくれる?
もちろん。
そんなふうに言うように、
風がまた強く吹いた。

伊勢佐木モールには、
左右の通りにさまざまな街路樹が並んでいる。
背の低い木。細い木。
空へ向かって大きく枝を伸ばした木。

そして、よく見ると、
それぞれの幹には識別番号の
プレートが付いていた。
こんなものがあったなんて。
何度、この道を往復したことだろう。
それなのに、
今まで一度も気づかなかった。

さらに歩いていくと、
ところどころの木には、
名前を書いたネームプレートまで付いている。
これにも気づかなかった。
同じ道なのに。
見ようと思った途端、
昨日まで見えなかったものが、
次々と目に飛び込んでくる。

もし識別番号から
謎の木へ辿り着けなかったときのために、
ネームプレートのある木を手掛かりにしよう。
プレート。
葉。
枝ぶり。
なるべく一緒に分かるように写真へ収めていく。

本当は葉を拾って帰りたかった。
けれど、伊勢佐木モールは
毎朝きれいに掃除されているから、
肝心の落ち葉がほとんどない。
残念。

謎の木は、とても高い。
葉っぱにすら手が届かないほど高い。
だから今日は、
小さな木は少し飛ばして、
背の高い木を中心に写真へ収めていった。

歩いている間も、
風さんはずっと私のそばにいた。
まるで大きな扇風機を
こちらへ向けてくれているみたい。
気持ちいい。

木ばかりを魅つめながら歩いていると、
不思議と目まで気持ちよくなってきた。
緑を見るって、いいものね。
しばらく緑ばかりを魅つめたあと、
視線をまっすぐ前へ向ける。
その先には、空の青。
雲の白。ああ、
綺麗。

そして――
あ。太陽神ゼウス。
また、出てきたみたい。
雲の中から、顔の口元らしき部分が
少しだけ覗いている。
そこから、また小さな薄い雲を
吐き出しているように見えた。
早朝より、ずいぶん薄い雲。
ということは、今日はゼウスも、
いいお天気にしてくれるつもりなのかしら。

そんなことを考えながら歩いているうちに、
私のゴールが近づいてきた。
そして、そのすぐ先には――
部屋を出るたび、目の前にそびえている、
あの謎の木。
ようやく戻ってきた。

今度は、ただ木を見上げるだけではない。
幹を見る。
プレートを探す。
番号を確認する。
写真に収める。
さて。
ここからが、謎解きの開始よ。