「無一物中無尽蔵」その言葉を胸に置き、
緩やかな馬車道の坂道を上った。
そして、ふわっと視界が開けた。
空が、一面に広がった。
そして空には、
大きな雲がどっしりと鎮座していた。
その雲の向こうから、
人の上半身のような姿が見える。
両手に拳をつくり、
ぐっと力強く構えながら、
空に、自然に、
何か号令をかけているようだった。
今日もまた、
太陽神に出逢ったような気がした。
海へ近づくにつれて、
風はますます強くなっていく。
その風にあおられながら、
私は一つずつ、一つずつ、
余計なものを脱いでいく。
「千鳥」を聴きながら。
でも――空っぽになるって、
すべてをなくしてしまうことなのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
たとえば昨日、
あなたと過ごした優しさに包まれた時間。
心ときめく語らいの時間。
くるくる回るような、
楽しく愉快な時間。
そして遠く離れた家族へ、
静かに思いを馳せた時間。
そんな大切なものまで、
全部なくなってしまうのだろうか。
いや。
きっと違う。
脱いでいくのは、
これからの私に必要のないもの。
そして、大切にしておきたい心の宝物は、
ちゃんと心のサンクチュアリーに残っている。
だから「無になる」というのは、
すべてを空っぽにすることでは
ないのかもしれない。
むしろ、
心をクリーニングすること。
きちんと整え、片づけ、整理して、
これから出逢う新しいもののために、
心の中に新しいスペースをつくること。
昨日一日の物語が、
頭の中をスライドショーのように流れていく。
パタパタと。
くるくると。
いらないものは手放して、
残しておきたい
大切なシーンだけを、胸の中へ。
そして、また今日という新しい一日を始める。
でも、
素敵な思い出には、
写真だけを残すのではなく、
あなたへのあふれる思いも、
胸に秘めた思いも、
感動した瞬間の素直な気持ちも、
そっとメッセージとして
添えておきたいと思った。
海からの風が、私を呼んでいる。
太陽の光をまとった木々が、私を呼んでいる。
光り輝く朝の太陽が、私を呼んでいる。
そして、
果てしなく広がる空と、そこに浮かぶ雲も、
私を呼んでいる。
青。
白。
白銀。
そして、緑。
さらにその奥にある、
輝くような深い青。
どうして自然の色は、
こんなにも心を癒してくれるのだろう。
きっと、
自然そのものの色だからなのだろう。
風さん。空が、とっても綺麗。
まるで、吸い込まれてしまいそう。
あの空に向かって、
飛んでいきたいわ。
あなたはいいわね。
いつでも、空を飛べるんだから。
そう風さんに語りかけながら、
私はまた一つ気づいた。
私はこれまで、
大桟橋の「心のサンクチュアリー」へ
辿り着いたときに、
心が無になるのだと思っていた。
でも、きっと違う。
そこへ向かうまでに、
私はもう、
いくつもの余計なものを脱いでいた。
一つ、
また一つ。
だから、
心のサンクチュアリーで空を見上げ、
風を感じたときには、
もうすでに、私の心は整っていたのだ。
綺麗に整理され、
これから出逢う美しいものを
迎え入れるための余白ができていた。
心のサンクチュアリーは、
無になる場所ではなく、
無になった私が、
新しいものを最初に
迎え入れる場所だったのかもしれない。
帽子を脱いだ。
汗で少し濡れた髪を、風がさらっていく。
本当に、空は美しい。
今まで何度、空を見上げてきただろう。
「ああ、綺麗ね」
「今日は晴れね」
「今日は曇りね」
以前なら、それくらいだった。
こんなにも空の奥深くまで、
思いきり魅つめたことはなかった。
いろんな表情を演じる空。
神奈川県庁だろうか。
その建物の上に広がる空は、
まさに、限りなく透明に近い
ブルースカイだった。
振り返れば、
太陽神がまた空に号令をかけている。
右を魅ても、左を魅ても、
そこには違う空の表情がある。
空の息遣いを感じる。
太陽の光を感じる。
この朝の天空のドラマを、思う存分感じ、
心に響かせることができたのは、
きっと私が、余計なものを
一つずつ脱いできたからなのだろう。
空を見上げ、
ぐるりと見渡しているうちに、
いつの間にか、
私の顔はほころんでいた。
笑っていた。
空とは、そういうものなのだろうか。
大桟橋へ向かう緩やかな傾斜を上り、
その先の真っ直ぐな道を、
一歩、一歩、歩いていく。
私は、一緒についてくる風さんに語りかけた。
これからの私には、きっと大変な坂道もある。
でこぼこした道もあるだろう。
ただひたすら黙って、
前へ進まなければならないときもあるだろう。
でも――進んでさえいれば、
きっと辿り着ける。
きっと行き着くことができる。
そしていつか、手にすることができる。
そんな思いで、胸がいっぱいになった。
風さん。
私、なんだかまた一つ、大人になったみたい。
そう思わない?
風さんは、
何も答えなかった。
ただ、日陰に入った私へ、
すうっと涼しい風を送ってくれた。
それが、風さんからの返事のように思えた。
一歩ずつ前へ進むことも大切。
でも、日の当たる場所ばかりを
歩かなくてもいい。
たまには日陰に入って、
ゆっくり休んでもいいのよ。
そう言われたような気がした。
今日も、大きな船が停泊していた。
その船が途切れる先に、
私の心のサンクチュアリーが広がっている。
そして、ようやく辿り着いた。
「無一物中無尽蔵」
余計なものを脱ぎ、
新しいものを迎え入れる
余白をつくった私の心へ、
最初に入ってきたもの。
それは、
空でもなかった。
雲でもなかった。
太陽でもなかった。
風でもなかった。
海に映る、一本の光の筋だった。
すうっと、私の心へ入ってきた。
ゆらゆら。
きらきら。
水面に揺れる光の道を、
一艘の小さな船が、静かに横切っていった。
綺麗だ。
私はしばらく、その光を魅つめていた。
空っぽになった心には、
何もないのではなかった。
こんなにも美しいものが、
入ってくる場所があった。
今日という新しい一日も、
きっと同じなのだろう。
余計なものは持たず、
大切なものだけを胸に残して。
新しい風景を迎え入れながら、
一歩ずつ。
私も今日一日、この光の道を、
まっすぐ歩いていこう。
そして、もう一つ。
私は、
心のサンクチュアリーという場所について、
少し思い違いをしていたのかもしれない。
大切な思い出を、
ひとつずつしまっておく場所。
そんなふうに思っていた。
でも、心は倉庫ではない。
美しい思い出は、荷物でもない。
誰かから受け取った優しさも、
胸が震えた風景も、
心ときめいた時間も、
感動した瞬間の気持ちも、
そのままの形で
ずっと抱えて歩くものではないのだと思う。
それらは、少しずつ私の中へ溶けていく。
そして、私という人間そのものを、
少しずつ磨いていく。
優しさを受け取った私は、
昨日より少し優しくなれるかもしれない。
美しいものに心を震わせた私は、
昨日なら見過ごしていた小さな光にも、
気づけるようになるかもしれない。
そうやって、
大切なものは消えるのではなく、
私自身の一部になっていく。
だから、
心のサンクチュアリーは、
大切なものを保管する倉庫ではない。
大切なものが、
静かに私の中へ溶け込み、
私自身へと変わっていく場所
なのかもしれない。
そう考えれば、
心がいっぱいになってしまうこともない。
大切なものを受け取れば受け取るほど、
心の器そのものが、
少しずつ深く、豊かになっていく。
そしてまた、
新しいものを迎え入れる余白が生まれる。
何も持たない。
けれど、何も失ってはいない。
むしろ、
受け取ったものは、
すべて私の中に生きている。
空っぽなのに、豊か。
――無一物中無尽蔵。
今朝、海に映る光の筋を魅て、
私の心にすうっと入ってきたあの美しさも、
もう、心の棚に置かれた一枚の風景ではない。
きっと、今日からの私が
世界を魅る眼差しの中に、
静かに溶け込んでいる。
そう思うと、また少し、
「無」というものがわかったような気がした。
無の心に、最初に入ってきたもの✨
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