なんちゃってアトムになって、
薄暗い空から明るい空へ。
光を取りに行っては、また持ち帰る。
太陽を運びながら
大空を駆け巡っているうちに、
いつの間にか空は明るくなり、
ピンクゴールドの輝きが広がっていた。
朝の日記を書き終え、
ベンチから立ち上がろうとして、
ふと見上げる。
アキニレの木が朝の風にそよいでいた。
昨日、ようやく名前を取り戻してあげた
ハナノキのことを思い出す。
今日も心を無にして歩けば、
きっといろいろな風景を拾えるだろう。
いろいろな感動に出逢えるだろう。
そのためにはまず、
この重たい頭に
幾重にもまとわりついたものを、
一つずつ脱いでいかなければ。
そんな少し可笑しなプロローグから、
今日の朝は始まった。
海へ向かって歩き出す。
後ろから風が追いついてきて、頬を撫でた。
「風さん、おはよう。
今朝はなんだか不思議な気分。
もうジェット噴射で
大空を駆け巡ってきたせいかな」
風さんは首をかしげている。
朝から何を寝ぼけたことを言っているの。
そんな顔に見えた。
確かに、
まだ少し寝ぼけていたのかもしれない。
目を覚まそうと、『千鳥』を流す。
イントロが始まった、その瞬間。
海の方から吹いてきた風が、
ぼわっと顔を包んだ。
ああ、風さん。
風が私を呼んでいる。
海が私を呼んでいる。
耳を澄ませば鳥が鳴く。
鳥も私を呼んでいる。
木々が揺れる。
木々も私を呼んでいる。
信号待ちで、ふと街路樹を見上げた。
高い木々が、
まるで「前へならえ」をしているように、
きちんと一列に並んでいる。
葉を見れば、もうわかる。
イチョウだ。
今さらそんなことに気づくのも、
身の回りの自然へ、
以前よりずっと
目を向けられるようになったからなのだろう。
高くそびえるイチョウ並木の中には、
ときどき背の低い小さな木がある。
それはまるで、
壮大な並木の途中に作られた
「息抜きの窓」のようだった。
凛と並ぶ大きな木々に
圧倒されそうになったところで、
小さな木が、ほっと一息つかせてくれる。
なんだか焼き鳥のネギマみたい。
お肉ばかりでは少し重たいけれど、
途中のネギが、
ふっと口の中を軽くしてくれる。
そんなことを考えながら歩いていると、
久しぶりに、日の出一歩手前の空が見えた。
ピンクゴールド。
まだ光の届かないひまわりは、
今朝の挨拶も少し頼りない。
サルスベリも、
花壇の花々も、
まだ半分眠っているようだった。
元気なのは、そこを歩く私だけ。
うふふ。
あ、そうね。
風さんもいたわね。
「じゃあ風さん、
このまま一気に海へ行きましょう」
そう声をかけると、
待ってましたとばかりに、
風が四方八方から集まってきた。
身体がふわりと浮き上がりそうになる。
そして、海へ。
視界いっぱいに空が広がった。
白い雲の向こうには、
まだ煙のような薄暗いグレーの雲。
そのさらに向こうから、
ピンクゴールドの光が滲んでいる。
残された夜の色が、
朝の光へ少しずつ溶けていく。
海に着いた。
いつもなら柵に沿って歩き続けるのに、
その日は足が止まった。
ベイブリッジのケーブル線が光っている。
以前拾った風景。
空への階段。
風が吹く。
空が光る。
薄暗いものが空へ吸い込まれ、
光へと溶けていく。
日の出直前だからこそ出逢える色。
心へ染み込んでくる、ピンクゴールド。
まだ心のサンクチュアリーへ
辿り着いてもいないのに、
私はもう、
ひとつ目の風景を心の中へ迎え入れていた。
大きな風が、波のように押し寄せてきた。
まるで、まだ私の中に残っているものを、
風が代わりに撫で、
ならし、
滑らかにしてくれているようだった。
海の水面も風に押され、
いつもより速く流れていく。
風の向くまま。
水の流れるまま。
私の心も、そうありたい。
抗わず、流れに身を委ねながら、
心の中の凸凹まで
少しずつ滑らかになっていけばいい。
歩きながら、くるりと海を振り返った。
その瞬間だった。
目の前で、空がさらに大きく広がった。
「わあ……」思わず声が出た。
空というキャンバスに描かれた今朝の風景。
光。
風。
雲。
海。
それらが重なり合い、
ひとつの美しい旋律になっていた。
心に響く。
そして、心の奥でこだまする。
大さん橋へ入る。
遠くの風車が、
いつも以上にくるくると回っている。
天空のドラマは、
立ち止まることなく次の場面へ移っていく。
雲が動く。
光が変わる。
海が揺れる。
風が走る。
自然は、一瞬たりとも同じ姿ではいない。
そして私もまた、
その中で立ち止まらず、
自然とともに移ろっていく。
光と雲と海が奏でる旋律。
その指揮者は、空。
果てしなく広がる空が、
見えない指揮棒を振っている。
大きく振れば、風が強くなる。
そっと振れば、水面が静まる。
ゆっくり振れば、雲がたゆたい、
強く振れば、天地が大きく動き出す。
風さんもきっと、
その指揮棒を見ている。
心のサンクチュアリーまで、もう一本道。
今日は大きな船もいない。
ただ、空がある。
海がある。
風がある。
その中を、まっすぐ歩いていく。
いつの間にか、
朝から頭にかぶっていた
幾重もの重たいベールは、
一枚、また一枚と脱げていた。
もう、何もない。
空っぽ。
風が吹く。
風の音が聞こえる。
水面が揺れる。
雲間から光が差す。
空が動く。
そして私は、そのすべての中にいる。
我が心、すでに無なり。
されど、天地の旋律は満ちている。
天地の旋律✨
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