そそくさと柵の外へ出た。
ふわふわ、ふわふわ
風さんが、怒られちゃったね、
とでも言うように頭を撫でてくる。
「えへへ。怒られちゃったみたいね」
雲の中を自由に旅していた私は、
警備員さんのひと言で
現実の世界へ強制送還された。
時計を見ると、もう8:00を回っている。
8:00ちょうどくらいには
パン屋さんへ行くつもりだったのに、
どうやら雲の旅が少し長すぎたらしい。
お腹も空いてきた。
「風さん、一緒に行こう。
私の心の奥へ続く階段へ」
再び歩き出した。
この階段で
初めて心に響く景色と出逢ったのは、
ちょうど一週間前の土曜日だった。
地下から聞こえてきたピアノの旋律。
おじさんが奏でていたのは
「夏は来ぬ」だった。
懐かしい夏の風景が蘇るような、
心のふるさとへ帰っていくような歌。
その旋律に魅入られた私は、
いつしかここを「心の奥へ続く階段」と
呼ぶようになった。
あれから一週間。
毎朝この階段を下り、
昨日とは少し違う自分の心を覗いてきた。
振り返ればあっという間。
けれど、一日一日は驚くほど長く、
いくつもの風景と旋律が詰まっていた。
ピアノの前を通る。
今日は誰もいない。
それでも目を閉じれば、
一週間前にピアノを弾きながら
ハーモニカを吹いていた
おじさんの姿が見える。
そして、心を込めて私に「アリラン」を
奏でてくれたあの日の姿も。
誰もいない場所なのに、
心の中では今も旋律が流れていた。
その余韻を抱いたまま、
パン屋さんへ入った。
今日の朝ごはんと、
明日、電車の中で食べるパンを選ぶ。
サンドイッチは日持ちしないようなので、
明日は「彩り野菜のフォカッチャ」にした。
前から気にはなっていたのに、
なぜか今まで選ばなかったパン。
「明日の朝のパン」と思ったからこそ、
今日は自然に手が伸びた。
それもきっと、小さな巡り合わせ。
そしてミニパンもいろいろ選んだ。
紅茶のクランベリー。
お気に入りのパン。
焼き上がったばかりらしい、あんデニッシュ。
気がつけば、全部で10個。
今日食べる分と、
明日の朝に4個くらい残しておこう。
一週間分の景色と旋律を心の奥で感じながら、
ここにもそっと三分休符を置いた。
少し後ろ髪を引かれながら、
地上へ続く階段を上がる。
馬車道へ出た。
今日は芝生の上でたっぷり休んだから、
いつものベンチには座らない。
喉が渇いていた。
買ったばかりの冷たい水を、ごくん。
そして紅茶のクランベリーを、ぱくり。
ふわっと広がる紅茶の香りと、優しい甘さ。
「あ、これ結構おいしい」
続いて、焼きたてのあんデニッシュ。
ぱくり。
温かい。
外はさくっ。
中はふわっ。
そこへ、ほんのりとした甘さが広がった。
「ああ、風さん。とりあえず満足したわ」
ふわふわ、ふわふわ。
今度は風さんが私の前へ出て、
伊勢佐木モールを先導するように進んでいく。
朝は私の背中を押していたのに、
帰り道では私が
風さんの後をついて歩いている。
もうすぐゴール。
もうすぐ最後。
……でも、最後ではない。
お部屋の近くまで戻り、
クールダウンのストレッチをした。
そして、すぐ横に立つ一本の木を魅る。
ずっと謎だった木。
この横浜ステイの間に、
名前を取り戻した木。
その根元に、心の中でそっと置いた。
三分休符。
終止符ではない。
また旋律が始まる、その日まで。
「じゃあ、またね」
風さんが、ふわりと葉を揺らした…
三分休符を置く朝✨
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