12日前と同じ場所に立った。
けれど、同じ風景には魅えなかった。

あの時より1時間ほど遅い朝。
太陽はすでに高く上がろうとしていて、
あたり一面を明るい光で満たしている。
人々も、それぞれの朝を始めているのだろう。
行き交う車のエンジン音は
次第に間隔を狭めていく。
それでも鳥の声は聞こえる。
木々はそよぎ、
遠くの山は朝の光を浴びながら、
薄い霞の向こうに静かに佇んでいる。

同じ場所なのに違う。
時間が違うから。
光が違うから。
そして何より、今朝の私の心が違うから。

風さん、来てくれたのね。
もっと風をちょうだい。
もっと私に風を当てて。
小さな千日回峰行を終え、
いろいろな重たい思いを脱いできた私の心を、
もっときれいにして。

そう思いながら、しばらく目を閉じた。
目を閉じても、
さっきまで魅ていた風景は心の中で動いていた。木々が動く。
鳥が動く。
人が動く。
そして、そこにいる私も動いている。

動くということは、
きっと呼吸しているということなのだ。
木々も、人も、鳥も、私も。
みんなが息をしている。

今朝、風景全体を包んでいる白い霞も、
ただ景色をぼんやりさせているのではない。
そこには、
いろんなものの呼吸が
混ざっているのかもしれない。

人それぞれの思い。
昨日とは違う心。
少し前とも違う気持ち。
目には見えない「気」が空気に溶け込み、
風に乗って流れていく。
そしてまた新しい空気へ。
未来の空気へ。

だから、同じ場所に立っても、
二度とまったく
同じ風景にはならないのだろう。

雲ひとつない青い空。
けれど、山と空の境目だけは淡く白んでいる。
その狭間で、朝の光が燦々と輝いている。

11日間の横浜で拾ってきた、
いろいろな心色。
それを纏ったまま
帰ってきたからなのだろうか。
以前ならただ通り過ぎていた風景の中にも、
今日はたくさんの色を感じる。
無になった心に最初に入ってきたのは、
そんな朝の空気だった。

ああ、
浸っていたら30分なんてあっという間。
ずっと太陽の光を浴びていたから、
そろそろ帰らなければ。

今日は朝から忙しい。
家へ戻ってお風呂に入り、
ご飯を用意し、
家族といつもの朝の食卓を囲む。
そのあとも予定は次々と続いていく。

でも、もう朝ほど重たくは感じなかった。
全部を一度に考えなくていい。
波が来たら、
その波を一つずつ越えていけばいい。

格好よくサーフィンで乗り越えられたら
素敵だけれど、
私はサーフィンはできない。
でも、水泳ならできる。
むしろ得意だ。
だったら私は、私のやり方で進めばいい。
右手。
左手。
ひと掻き、またひと掻き。
目の前に来た波を、
クロールでかき分けていこう。

そして、
どうしても自分の力だけでは
越えられない波が来たら――
その時は、風に乗ればいい。
そう思った瞬間、風さんが背中を強く押した。
うん、わかった。
今日はこれでいこう。

自分で泳げるところは泳ぐ。
無理なところは風に任せる。
そんな明るい気持ちで、
私は家へ向かって歩き始めた。

朝、あれほど重たかった心が、
今はずいぶん軽い。
きっとこれは、
今朝歩いた私の小さな千日回峰行と、
今も心に残る心色の帯のおかげ。

さあ、今日も始まる。
一つずつ。
ひと掻きずつ。
そして時々、風に乗りながら。

自分で泳ぐ。
無理なら風に乗る。
そう決めた私の目の前に、
空をクロールする雲が現れた。