風さんと歩きながら、
私はこれまでいろんな風景を拾ってきた。
空や雲、季節の匂い、旅先の街。
そのとき、
その場所でしか出逢えないものを
心に留めながら歩いていると、
ふと思った。
そういえば、
味にも拾っておきたい風景がある。
仕事柄、会食の席に着くことが多い。
料理に合わせてお酒を選ぶこともあり、
ときには初めて名前を聞くような
日本酒に出逢う。
私は日本酒を頻繁に飲むわけではない。
だからこそ出逢ったときには、
香りを感じ、
ひと口をゆっくり含み、
そのお酒が料理と出逢って
どんな表情を魅せるのかを
愉しんできたような気がする。
旅先で出逢った土地の味。
会食の席で出逢った一献。
その日の料理、
その場に流れていた空気、
そしてそのとき心に残ったもの。
これも、風さんと歩く日々の途中で見つけた、
小さな寄り道として残しておこう。
松尾芭蕉が歩いた『奥の細道』とは、
もちろん比べものにもならないけれど、
私は私の小さな道を歩いてみよう。
名づけて――「日本酒の細道」
その最初の一献は、
新潟からやってきた一本。
銀の翼。
家ではほとんどお酒を飲まない私。
家族も飲まない。
だから、いただいてからしばらく、
この銀色の四合瓶は開ける機会を待っていた。
そして今夜、ふと思った。
今日なら、この翼を広げてもいいんじゃない?
食卓には、夏の名残りの鱧。
そして秋の訪れを告げる
松茸、秋刀魚、蛤、紫ずきん。
「夏の名残りと秋の訪れ」をテーマに整えた、
我が家の秋を先取りする食卓。
こんな夜なら、きっと似合う。
冷酒グラスに、銀の翼を注いだ。
ひと口。
思っていたより、ずっと穏やかだった。
すっと入ってくる、すっきりとした辛口。
それでいて尖った感じはなく、
口当たりにはどこかやわらかさがある。
ほのかな香りを残しながら、
するりと喉の向こうへ消えていく。
秋刀魚をひと口。
脂の余韻が残っているところへ
銀の翼を重ねると、
すっと口の中がほどけて、
また次のひと口へ行きたくなる。
焼き松茸の香りには出しゃばらず、
蛤のやさしい旨みにも静かに寄り添う。
そして鱧を口にすると、
今度はまだ少し残っている夏の方へ。
面白い。
一つのグラスを挟んで、
夏と秋を行ったり来たりしているみたい。
銀の翼という名前だから、
そんなふうに思ったのかもしれない。
ふと、グラス越しに食卓を魅る。
銀色に光る秋刀魚。
松茸の香り。
蛤の湯気。
そして、向こう側にいる家族。
今夜の一献は、
お酒だけを味わっているのではなかった。
季節を味わい、
料理を味わい、
その向こうに流れている
時間まで味わっていた。
いただいてから、
この一本を開けるまで少し時間がかかった。
でも、お酒にもきっと、
開くのに似合う夜がある。
銀の翼には、今日だったのかもしれない。
夏がまだ少し残る食卓から、秋へ。
銀の翼は、
その季節の境目を軽やかに渡っていった。
さて。
次はどこで、どんな一献に出逢うのだろう。
風さん。
これからは、
ときどきこんな寄り道もしながら歩こうか。
日本酒の細道。その小さな道の始まりは、
銀色の翼とともに。
『銀の翼』という名は、
童謡『浜千鳥』の一節に由来するという。
ここにもまた“千鳥”がいて、
今日の物語が静かにひとつにつながった。
日本酒の細道 銀の翼🍶
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