へぎそばは、やっぱり最高だった。
茹でたあと、
少し冷凍庫で冷やしたからだろうか。
ひんやりとした喉越しが心地よく、
するすると体の中へ入っていった。
けれど、へぎそばを知った今となっては、
味そのものよりも、
その向こう側にあるものの方が
深く心に残っていた。
郷土の香り。
長く流れてきた時間。
そこで暮らしてきた人々の思い。
そんなものまで
一緒にいただいたような気がした。
少し外の空気を吸いたくなって、
ベランダに出た。
風さん、そこにいるの。
そろそろ横浜へ向けて出発する時間なのに、
今日はなんだか、
このままずっとここにいたい。
へぎそばの味わいも深かったけれど、
それ以上に心に残っているのは、
家族と囲んだお昼ご飯だった。
みんなそれぞれ違うものを食べて、
メニューはちぐはぐ。
それなのに、この4日間で
心だけは前よりもずっと深く
結ばれたような気がして、
その糸がどうしてもほどけない。
「風さん、私、どうしたらいいの」
行かなければいけないことはわかっている。
行きたくないわけでもない。
ただ、もう少しだけここにいたい。
風さんは、きっとわかっていた。
最初はいろいろあったけれど、
日を追うごとに、
それぞれの笑顔が少しずつ
違って見えるようになったこと。
言葉にしなくても、
阿吽の呼吸のようにつながる瞬間が
増えていったこと。
この4日間で、家族を結ぶ糸は、
前よりもさらに固く結ばれた。
だから、ほどくのが大変なのだ。
けれど、無理にほどこうとしなくてもいい。
どうせ時間が来れば、自然にほどける。
そして、ほどけたからといって、
切れるわけではない。
また帰ってくるのだから。
「13日の夕方に帰ってくるね。
そのときは、あのお店に食べに行こう。
予約しておくから」
「ちゃんと自分でご飯作って食べるのよ」
そう言って家を出る私に、
「気をつけてね」
「慌てず、無理せずよ」
「ちゃんと寝てね」
そんな言葉が次々と背中に届いた。
そして、ガチャッ。
キャリーケースが玄関の
サッシのレールを越える、短い金属音がした。
その瞬間だった。
私の中のモードが切り替わった。
さっきまで固く結ばれていた糸が、
するりと抜けた。
さあ、行こう。
横浜へ。
5日ぶりの横浜へ。
そう思った途端、
今度は一秒でも早く行きたくなった。
横浜の海が待っているような気がした。
そこから見る空も、太陽も、雲も。
鳥たちも、木々たちも。
新しく友達になった巡り木、
モチおじさんも、なぞちゃんも、
きっと「おかえり」と迎えてくれる。
いつも暮らしているあの部屋も、
私が出たときのまま、
静かに待っていてくれているような気がした。
さっきまで、
もう少しここにいたいと思っていたのに。
今は、一秒でも早く横浜へ行きたい。
自分でも驚くほどの、この変わりよう。
でもきっと、それでいいのだと思う。
待っていてくれるものがあるということは、
こんなにも人の心を前へ進ませる。
そして、あなたも私を待ってくれている。
そう思うだけで、胸の奥が少し熱くなった。
では今から、
250マイル離れたあなたのもとへ、
駆けつけるわ。
ほどける音、結ばれる街✨
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