雨に濡れた街が好き。

乾いた路面が色を深め、
無機質な壁がしっとりと潤い、
街全体が
静かな光をまといはじめる。

太陽に照らされる
きらきらとした輝きとは違う。

雨の日だけ、
街は少しだけ口数を減らして
心の奥から輝いている。

窓ガラスを伝う
ひと筋の雫。

いつか雨の日のカフェで
その向こうを歩く
振袖姿の女の子たちを見た。

揺れる袖を魅ているうちに
心は遠い昔へ飛んでいた。

成人式の日の私。

忘れていたはずの景色が
一粒、一粒、
雫の中に浮かんでいった。

そして今朝。

足元の水たまりに
ぽつりと雨が落ちる。

丸くひらいた波紋は
やがて透明なシャボン玉になり、
ふわり、ふわりと
心の空へ浮かんでいく。

ひとつには父。
ひとつには母。
もうひとつには
大切な人の面影。

遠い日の私も、
昨日の私も、
今ここを歩く私も、

みんな透明な雫の中で
静かに息をしている。

雨はきっと、
記憶を連れ戻すのではない。

心の奥に沈んでいた風景に
そっと水を与え、
もう一度だけ
咲かせてくれるのだ。

だから私は
雨に濡れた街が好き。

今日も見えないシャボン玉が
街のあちらこちらから
空へ昇っていく。

一粒の雫に、
ひとつの記憶を宿して。

そして私はまた、
新しい雫を
心の余白に受けとめる。