心のサンクチュアリーへ向かう途中、
少し小高い場所で、
私はまた足を止めた。

手前には小さな墓地。
その向こうには、
まだ眠りから
完全には覚めきっていない街並み。

ぽつりぽつりと灯りがともり始め、
遠くの山の稜線は、
ほのかにピンクゴールドへとほどけていく。

夜のネオンも綺麗だけれど、
私はやはり、
こんなふうに
日々の暮らしの中から生まれる
自然の明かりに、
深い美しさを感じる。

ふと見上げた空に、
一本、横に伸びる雲があった。

太い筆で、しゅっと引いたような雲。
その姿が、私にははっきりと

「一」

に見えた。

ああ、と思った。

昨夜見た111の並びが、
またここで私に声をかけている。

一から始めなさい。
今から始めなさい。
今、動きなさい。

そんなふうに、
空からそっと
背中を押されているような気がした。

その「一」の上には、
蓮の台座に座る仏様のような姿があった。

さらにその仏様から、
いく筋もの雲が放射線のように広がっていた。

私の前に現れたのは、
ただの朝焼けだったのかもしれない。

けれどあのときの私には、
それがただの雲には見えなかった。

今の私の生き方を、
静かに見つめているまなざし。
そして、迷いながらも進もうとする私の背を、
やわらかく押してくれる気配。
そんなものを、空いっぱいに感じていた。

さらに空模様は刻々と変わっていく。

薄いグレーの雲の上を、
赤銅色とピンクゴールドの
あわいのような光が走っていく。

それは昼間の強い黄金色とは違い、
もっとやわらかく、
けれど命の熱を帯びた光だった。

私にはそれが、
空へ向かう階段に魅えた。

一段ずつ、登っておいで。

そう語りかけてくれているようだった。

そして左の山の稜線に、
ぽっと火が灯るように光が差した。

そのころには、
山の真ん中に立つ雲が、
私には竜の姿に魅えていた。
竜は、その口から光を吐いていた。
すると空には、
いつの間にか大きな大きな
光の路が生まれていた。

まるで誰かの大きな両手から放たれ、
雲を突き抜けて
天空へと続いていくような路だった。
私は思った。

この路を一気に駆け上がってもいい。
その下に続く階段を、
一段ずつゆっくり登ってもいい。
大切なのは、
どちらの進み方を選ぶかではなく、
自分が進むことなのかもしれない。

私はずっと、やりたいと思いながら、
まだ形になっていないことを
心のどこかに抱えている。

何から始めたらいいのか、
どこまで整えてから動けばいいのか。
そんなことを考えて、
立ち止まってしまうこともある。

でも今朝の空は、
そんな私に言っているようだった。

最初から何もかも揃っていなくていい。
形がすべて整っていなくてもいい。
まずは、
今の自分にできることから始めなさい、と。

その言葉は、厳しい命令ではなかった。
仏様の微笑みのように、
やさしく
、けれど確かな力をもって
私の中へ届いてきた。

一は、

たった一画の文字だ。

けれどその一画には、始まりの気配がある。

何もなかったところへ、
最初の一本を引く力がある。

今朝の空が私に魅せてくれたのは、
完成された未来ではなかった。

ただ、ここから始まる一歩の尊さだった。

だから私は、胸の奥でそっと思った。

大きなことではなくていい。
見事な形でなくていい。
まずは今日、
私にできる一歩を踏み出そう。

空に描かれた「一」は、
そのために現れてくれたのかもしれない。