白へ還る。

それは、
何もなかったことにすることではない。

光も、
痛みも、
よろこびも、
言葉にならなかった思いも、

ひとつずつ掬い、

白へ。

白へ。

静かに還してゆく。

その白は、
やがて心の奥へ沈んでいく。

ゆっくり。

ゆっくり。

水底へ降りていく光のように。

そして、

その先に待っていたのは、

闇ではなかった。

漆黒。

音もなく、

形もなく、

それでも確かに
何かが息づいている黒。

白は、
その漆黒に包まれる。

消されるのではない。

閉じ込められるのでもない。

ただ、

抱かれる。

生きてきた時間も、

忘れたと思っていた記憶も、

誰かを想った心も、

あの日の私も、

今ここにいる私も。

すべてが白となり、

静かな漆黒の中へ還っていく。

そこでは、
時間さえ声を潜める。

何も見えないからこそ、

気配が見える。

何も聞こえないからこそ、

心の奥で鳴っているものが
聞こえてくる。

そして漆黒のどこかに、

小さな光がある。

それは、
道を照らすための光ではない。

今を生きている私と、

深い場所に眠っている私を、

ほんの一瞬だけ逢わせる光。

「ここにいるよ」

そう言って、

昔の私が、

記憶をひとつ、

ぽん、
と差し出す。

私はそれを受け取って、

また歩いていく。

そして役目を終えたものは、

再び白へ還り、

漆黒の奥へ沈んでいく。

だから私はもう、

黒を怖いとは思わない。

漆黒は、

終わりの色ではない。

すべてを静かに抱き、

必要なときまで眠らせてくれる、

心のいちばん深い場所。

白を抱く漆黒。

その中で私は、

何度でも、

新しい光に逢う。

— Morimura