私の心のサンクチュアリーに立つ。

風は相変わらず強かった。
旗のポールが、
風を受けて激しく鳴り響いている。
帽子まで飛ばされそうになるほどの風。

けれど私は、
その強さの中に身を置きながら、
今朝ずっと見つめてきたこの世界を、
もう一度しっかりと胸に刻みたくて、
そこに立ち続けていた。

白から黒へ。

黒から白へ。

薄墨の濃淡が重なり合う空。
幽玄な水墨画のような世界。

その向こうに、
遠く街の気配がある。
人の営みがある。
そしてそのどこかに、
昨日までの私も、
今日の私も、
これからの私も、
静かに溶け込んでいるような気がした。

大きく深呼吸をする。
強い風が、
胸の奥までまっすぐ入り込んできた。
すると、
今朝ずっと心の中に広がっていた白が、
さらに奥の方まで染み渡っていくようだった。

白へ還る。
静謐な心の奥の世界に包まれる。

それは、
何もかも忘れて真っ白になることではない。
昨日の満ちたものを、
ちゃんと自分の奥深くへ沈めて、
また今日という一日を迎えるために、
静かに整っていくこと。

そうして私は今、
この朝の中に立っている。

ふと思う。

私は毎朝、
同じような道を歩いている。
同じように空を見上げ、
同じように風を感じ、
同じように海へ向かっている。

けれど、
本当に同じ朝など、
ひとつもない。

昨日見えたものと、
今日見えたものは違う。

昨日聞こえた音と、
今日聞こえた音は違う。

昨日の風と、
今日の風は違う。

そして何より、
それを魅つめている私自身が、
昨日と今日とでは、
少しずつ違っている。

だから、
同じ場所に立っていても、
魅えるものが変わる。
感じるものが変わる。
心に描かれるものが変わる。

そして、
描き方も変わる。
タッチも変わる。

昨日は昨日の一筆。
今日は今日の一筆。

同じ空を見ているようでいて、
本当は毎日、
違う絵を描いているのかもしれない。

そう思うと、
日々の繰り返しというものが、
急に愛おしく見えてくる。

同じことの繰り返しに見えるからこそ、
そこに生まれる小さな違いが、
よく見える。

わずかに雲の流れが違う。
光の差し方が違う。
水面の揺れ方が違う。
心の動き方が違う。
そんな、
ほんの小さな変化を見つけながら、
また今日も歩いている。

そのことが、
たぶん楽しいのだ。

大きな出来事がなくてもいい。
劇的な何かが起こらなくてもいい。

こうして朝ごとに、
少しずつ違う空を見上げ、
少しずつ違う自分を感じ、
少しずつ違う世界を心に描く。

その積み重ねが、
日々を豊かにしてくれるのだと思う。
そして、
心を豊かにしてくれるのだと思う。

私はまた、
目の前の空を見る。
あれほど広がっていた白と黒の世界も、
同じように見えて、
きっと二度と同じ形にはならない。

風に吹かれながら、
雲は動き、
光は変わり、
余白は広がり、
また別の景色へと移っていく。

それでいいのだと思う。
ずっと同じ形に留まらないからこそ、
朝は美しい。変わっていくからこそ、
人の心もまた、
そのたびに新しく何かを受け取れる。

そして私は、
そんな変化の中で、
今日もまたひとつ、
小さな景色を受け取った。

白へ還る朝を受け取り、
白と黒のあはひを受け取り、
そして今、
同じ朝などひとつもないということを、
受け取っている。

この朝は、
今日だけのもの。
この風も、
この空も、
この水も、
この心も、
今日だけのもの。

だからこそ、
愛おしい。
だからこそ、
見逃したくない。
同じ道を歩いていても、
同じ朝など、
ひとつもない。

そう思いながら、
私はまた、
次の一歩を踏み出していく。
白へ還った心の中に、
今日という新しい一日の余白を抱きながら。

同じ朝
ひとつもなくて
空はゆく
変わる私を
映しながらに

— Morimura