湯の中へ落とした瞬間、
細かく包丁を入れられた身が、
ふわりと花ひらく。
鱧落とし。
真っ白な身が、湯の中でくるりと反り返り、
まるで白い花びらを
幾重にも重ねたような姿になる。
美しいな、と思う。
魚なのに、どこか涼やかで、
どこか儚くて。
そして、口へ運べば、
見た目からは想像できないほどやわらかい。
ふわっと。
そして、ほろり。
舌の上でほどけていくような、
とても優しい味。
鱧というと、やはり夏を思う。
京都の夏。
祇園祭の頃。
蒸し暑い空気の中でいただく鱧は、
夏という季節そのものを
食べているようにも思える。
梅肉をほんの少し添えて。
白い身に朱がひと雫。
その取り合わせまで、
なんとも粋だ。
けれど、私は今日、
鱧の白を見ながら、ふと思った。
白という色は、不思議だ。
何もない色のようでいて、
その中にはいくつもの表情がある。
紙の白。
雲の白。
月明かりの白。
そして、湯の中でふわりと花ひらいた鱧の白。
同じ白なのに、
どれひとつ同じではない。
鱧の白には、
夏の涼やかさと、
魚そのものが持つ
やわらかな命の色が宿っているように見える。
骨切りという細かな仕事を重ね、
湯に落として初めて生まれる、この白い花。
ひと手間、ふた手間。
見えないところに重ねられた
仕事があるからこそ、
最後には、
こんなにも軽やかで美しい姿になる。
そう思うと、
料理というものもまた、
一つの「紋」なのかもしれない。
包丁の跡。
湯の温度。
手をかけた時間。
そのすべてが、
白い身のひとひらひとひらに残っている。
そして私は、その白を口に運ぶ。
ふわり。
ほどける。
ああ、やっぱり鱧はおいしい。
夏の名残りを惜しむように味わう鱧もいい。
けれど以前、市場の魚屋さんに
教えてもらったことがある。
「鱧は冬もおいしいよ」
そうなのだ。
夏の魚という印象の強い鱧だけれど、
冬には冬の旨みを蓄えた鱧がある。
季節は移ろっても、
おいしさまで
去ってしまうわけではないらしい。
夏の白から、冬の白へ。
鱧は静かに季節を渡っていく。
そして私はきっと、
寒い季節になった頃、
またこの白を見つけたら思い出す。
あの日、
市場の魚屋さんが教えてくれた言葉を。
鱧は、冬もおいしい。
— Morimura
季の小径 |夏の名残り、鱧の白✨
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