私が英勲と初めて出逢ったのは、
なぜか、お好み焼き屋さんだった。

いつ頃だったのかは、
もうはっきりとは覚えていない。

ずいぶん前、
まだ若かった頃のこと。

たまたま新しくできた
お好み焼き屋さんへ入った。

そこは、お好み焼き屋さんという言葉から
思い浮かべるような
庶民的な店とは少し違っていた。

広くて、おしゃれで、
お好み焼きや焼きそばはもちろん、

お酒のあてになりそうな鉄板焼きが
ずらりと並んでいる。
私は、こういう店へ行くと決まって
ゲソ焼きを頼む。

鉄板の上でじゅうっと焼かれたゲソ。
その香ばしさをつまみながら、
今日は冷酒にしようかな、
とメニューを眺めていた。

そこで目に留まったのが、英勲。

なんだか勇ましい名前だな、と思った。
けれど、その横には
「辛口ですっきりとした味わい」
というような言葉が添えられていた。

あら。

それなら、なんだか私好み。

そう思って英勲を頼んだ。

しばらくして運ばれてきたものを見て、
少し驚いた。
日本酒なのに、
入っていたのはワイングラスだった。

しかも、すらりと背の高い、大きめのグラス。
白ワインを注ぐような、
細身で少し気取った姿の
グラスだったように覚えている。

その中に、透明な冷酒。
なんだか日本酒なのに、
日本酒ではないような顔をしている。

グラスを手に取っただけで、
自分まで少し格好よくなったような気がした。

そんな単純なところも、
昔から私は変わらない。

ひと口。

冷たい。

すっきり。

そして、後味がきれい。

口の中にいつまでも何かが残るのではなく、
すっと消えていく。
その潔さが好きだった。

それが、私と英勲との最初の出逢い。

その後、誰かに
連れて行ってもらったのだったと思う。

伏見にある、
英勲を醸す齊藤酒造にゆかりのある
お店へ行った。
居酒屋風なのだけれど、
どこか品があり、
やはり酒蔵のお酒を
楽しむ場所なのだという空気があった。

そこで見つけたのが、干物のコース。

これが、なんとも面白かった。

いろいろな魚の干物を、
目の前の七輪で
少しずつ焼きながら食べていく。

コース料理と聞けば、
もう少し華やかなものを想像する。

けれど、干物。

しかも七輪。

なんだか妙に粋で、
私はこういうのが好きだった。

炭の上で魚の脂が落ち、
じゅっと音を立てる。

香ばしい匂いが立ち上る。

そこへ英勲をひと口。

その店には、いろいろな英勲があった。

せっかく酒蔵のお酒を楽しめるのだからと、
何種類かを飲み比べた。

その中で、今でもひとつだけ
鮮明に残っている味がある。
何かの賞を受賞したと聞いた英勲だった。

名前まではもう覚えていない。

けれど、あ、これ、おいしい。
そう思った感覚だけは残っている。

英勲らしいすっきりした味わいが、
さらに研ぎ澄まされたような印象だった。

不思議なものだ。
銘柄の細かな名前は忘れても、
舌が覚えた感覚というものは、
案外消えない。

そして今日。

私は朝から、白を追いかけていた。

一筆入魂の「白」
何もないようでいて、
すべてを受け止める色。
そこから白を辿っていくうちに、
鱧落としへと辿り着いた。

湯の中で、ふわりと花ひらく鱧。
細かく骨切りされた身が反り返り、
白い花びらのように重なっていく。
その白の美しさ。

そこへ梅肉を、ほんのちょんと。
白の中に、朱がひとしずく。
口へ運べば、
ふわっとほどける鱧の身に、
梅肉の酸味が重なる。

その味を思い浮かべた瞬間、
なぜか英勲が浮かんだ。

冷えた英勲。

あの、すっきりとした後味。

きっと合う。鱧

の繊細な白を邪魔せず、
梅肉の朱を受け止めながら、
最後にはすっと口の中をさらっていく。
そんな気がする。

昔、お好み焼き屋さんの
ワイングラスで初めて出逢った英勲が、
長い年月を巡って、
今日、鱧の白の隣へやってきた。

人生というものは、
こんなふうに味の記憶まで
巡ってくるから面白い。

白い鱧に、梅肉の朱。
その横に、冷えた英勲を一献。

今夜はそんな小さな酒席を
思い浮かべながら——鱧落としに英勲。

あなたと静かに、一献傾けたい。

— Morimura