歩きながら、ふと思った。

昨日の私の一日は、
眠りにつくころには、
いったい何色に染まっていたのだろう。

黄金色。
黄色。
赤。
オレンジ。
そして群青。

いろんな色が重なり合い、
昨日という一枚の織物を
鮮やかに織り上げていた。

楽しかったこと。
心が弾んだこと。
胸がきゅんとしたこと。
少し心がざわついたこと。

そのひとつひとつが糸となり、
色となり、私の中に残っている。

でも朝になると、不思議なことに、
その鮮やかな織物は少しずつ白へ還っていく。

何もなかったことになるわけではない。
消してしまうわけでもない。

昨日の色は、心ならしをされながら、
もっと深いところへ沈んでいく。
私の奥底にある、静謐な漆黒の世界へ。

そこには、
これまで何度も白へ還してきたものが、
幾層にも幾層にも積み重なっている。

白。

けれどそれは、薄っぺらな白ではない。
たくさんの色を知り、
喜びも悲しみも、
怒りも迷いも、
ときめきも抱いたあとに生まれる白。

長い年月をかけて重なり合った、
厚く、深く、熱を持った白。

そして、その白は漆黒に抱かれることで、
さらに強い光を放っているような気がする。

黒があるから、白が際立つ。

影があるから、光が魅える。

そう思うと、私の中にある白と黒は、
決して相反するものではないのだと思った。
ふたつが共にあるからこそ、
私はまた余白をつくることができる。

白へ還る。

すると、そこには新しいものを
受け入れるための空間が生まれる。

そして今朝、
その余白に最初に落ちてきた色は、
やっぱり群青だった。

昨夜の若様の余韻。
ときめいた心。

眠りから目覚めてもなお、
ほんの少し残っていた群青。

でも歩いているうちに、
群青もまた少しずつならされていった。

私の小さな空は広がり、
馬車道を抜けるころには、
白が多くなっていた。

もうすぐ海が見える。
大きな空が見える。
その景色を受け入れるために、
私の心はまた新しいキャンバスを
用意してくれているのだろう。

そう思ったとき、
私は「心が動く」
ということについて考えていた。

胸がきゅんとする。
ドキドキする。
ワクワクする。
ジーンとする。
心に響く。
重たくなる。
どんよりする。

私たちは、心の動きをいろんな言葉で表す。
でも、そのすべては結局、

心が何かに触れ、震え、
音を立てているということなのかもしれない。
そして、その音を聞きながら、
私は自分の心を少しずつならしている。

それが、
私の「心ならし」。

考えてみれば、
私は毎朝そんなことを繰り返している。

目にした風景を拾う。
風を感じる。
匂いを感じる。
そこから生まれた感情を

ひとつずつ心の中へ入れていく。

大きな感動も。
ほんの小さなときめきも。
美しいものも。
少し悲しいものも。

道端にひっそりとあって、
誰にも気づかれないようなものまで。
全部、私の心のポケットへ。

でも不思議なことに、
そのポケットは決していっぱいにならない。

入れて、感じて、心を動かして。
そして、白へ還す。

手放しているようで、なくしてはいない。
もっと深いところへしまわれていく。
そう思った瞬間、
ひとつの言葉が浮かんだ。

無一物中無尽蔵。

何も持たない。
だからこそ、
無尽蔵に受け取ることができる。

白へ還すから、
また新しい色を迎えられる。
手放すから、
また心の扉を開くことができる。

もしかすると、
私が毎朝歩いている理由のひとつも、
そこにあるのかもしれない。

すごい景色だけを見たいのではない。
美しいものだけを探しているわけでもない。
何気なくそこにあるものに気づきたい。
そして感じたい。
感じて、心を動かしたい。

感じる。

心が動く。

――感動。

なんだ。

こんなに簡単なところに答えがあった。

だったら今日も、たくさん感じよう。
大きなものも、小さなものも。
全部、心のポケットへ入れていこう。

どうせこのポケットは、
いっぱいにはならないのだから。

そして一日の終わりには、また白へ還そう。
明日の朝、
もう一度、新しい色を迎えるために。

色拾い
心に満たし
白へ還る
空けた余白に
また風が吹く

— Morimura