大さん橋を渡り切って、
私は地上へ舞い戻ってきた。
ついさっきまで、
海と空の間に
心を置いていたような気がする。
風に吹かれ、光を見て、
遠くを眺めていた時間。
けれど橋を離れた途端、
足元に街の感触が戻ってくる。
石畳。
建物の影。
まだ閉じたままの店先。
少しずつ増えていく車の音。
海の上では、
朝は空からやってくるように感じていた。
でも地上へ戻ると、
朝はもっと身近なところから始まっていた。
店の灯り。
シャッターの向こうの気配。
コーヒーの匂い。
遠くから聞こえるカラスの声。
街はまだ完全には起きていない。
けれど、眠ってもいない。
その半分だけ目を開けたような時間が、
私は好きだ。
歩いているうちに、
街の色が少しずつ増えていく。
夜の名残を抱えた建物の壁。
朝の光を受け始める窓。
濡れた路面に映る灯り。
ついさっきまで海の青を見ていた目に、
今度は街の色が入り込んでくる。
静かな青。
古い煉瓦の色。
看板の赤。
店先の黄色い灯り。
そして、匂い。
コーヒー。
パン。
油。
マックの朝の匂い。
そういうものが鼻先へ届くたび、
私は少しずつ現実へ戻っていく。
空や風のことを考えていた心が、
あ、お腹すいたかも、
と急に地上のことを思い出す。
その切り替わりが、なんだか可笑しい。
さっきまで私は、
ずいぶん遠いところにいたような
気がしていたのに。
今はもう、店の看板を見ている。
朝のメニューを眺めている。
人の気配を感じている。
けれど、どちらかが本当で、
どちらかが偽物というわけではない。
海の上にいた私も私。
街の匂いに振り向く私も私。
静かな風に心を預ける時間も、
現実の朝へ戻っていく時間も、
全部つながっている。
歩いていると、
街が少しずつ賑やかになってきた。
カラスの声が聞こえる。
どこかで扉が開く。
店の前に人が立つ。
通りを歩く足音が増える。
昨日と同じようで、昨日とは違う朝。
毎日同じ場所を歩いていても、
同じ朝には二度と出逢えない。
光の角度も、風の匂いも、
自分の心の位置も違うからだろう。
だから私は、
朝歩くことをやめられないのかもしれない。
何か大きなものを見つけたいわけではない。
ただ、
昨日にはなかったものをひとつ見つける。
昨日とは違う匂いをひとつ拾う。
昨日とは少し違う自分に気づく。
それだけで、朝は十分に面白い。
大さん橋で少し空へ近づいた心を、
今度は街がゆっくり地上へ戻してくれる。
空から街へ。
風から匂いへ。
静けさから暮らしへ。
そうやって私は、
今日という一日に戻っていく。
まだ朝は始まったばかり。
街も、私も、
これからゆっくり目を覚ましていく。
海を出て
街の匂ひに
身を戻し
朝まだきより
今日がひらける
— Morimura
朝まだき、街の気配ひらく✨
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