淡。
水に、炎。
不思議な字だと思う。
水のそばに、 炎が二つ。
冷たいものと、熱いもの。
消すものと、燃えるもの。
相反するものが、 ひとつの文字の中にいる。
それなのに、
「淡」という字から受ける印象は、
激しくない。
むしろ静かだ。
淡い色。
淡い光。
淡い記憶。
淡い恋。
濃く塗りつぶさないからこそ、
向こう側が透けて魅える。
私はたぶん、
この「透けて魅える」
という感じが好きなのだと思う。
すべてを決めてしまわない。
白でもない。
黒でもない。
好きとも、嫌いとも、
まだ言い切らない。
昨日でもなく、 今日でもない。
夜でもなく、 朝でもない。
そんな境目には、
名前のつかない色がある。
今朝、大さん橋で見ていた空もそうだった。
群青が少しずつ薄くなり、
朝の色へほどけてゆく。
どこまでが夜で、
どこからが朝なのか。
一本の線を引くことなんてできない。
でも私は、 その曖昧さを嫌いではない。
むしろ、 そこに心が遊べる余白がある。
「淡」という字も、
きっとそうなのだろう。
薄いから、弱いのではない。
はっきりしないから、 足りないのでもない。
濃くしない。
決めつけない。
余白を残す。
それは案外、
強いことなのかもしれない。
若いころは、
はっきりした答えを持つことが
強さだと思っていた。
白か黒か。
行くのか、行かないのか。
好きなのか、嫌いなのか。
でも今は、
その間にあるものも ずいぶん面白いと思う。
水と炎が同じ文字の中にいていい。
相反する気持ちを、
同時に抱えていてもいい。
笑いながら寂しい日もある。
強くありながら、
誰かに寄りかかりたい夜もある。
大人の私の中に、少女がいてもいい。
どちらかを消して ひとつに決めなくてもいい。
それらが混ざり合ったところに、
私だけの「淡」がある。
そして、淡いものほど、
よく見なければ見えない。
だから私は、立ち止まる。
風を見る。
水を見る。
空を見る。
自分の心を魅る。
濃い色は、 遠くからでも見える。
けれど淡い色は、
近づかなければ分からない。
人の心も、きっと同じなのだろう。
だから今日の一筆は、力任せには書かない。
巨大な筆を握っても、
叩きつけるようには書かない。
最初の一画には水を。
次の一画には炎を。
そして最後には、
どちらにも染まりきらない 余白を残す。
一筆入魂。
淡。
薄いのではない。
そこには、水もある。
炎もある。
そして、そのどちらも抱いたまま
静かに立っている、ひとつの心がある。
水と火を
ひとつに抱きて
淡となる
決めぬ余白に
われは遊べり
— Morimura
一筆入魂 |「淡 」
勃つねで応援-
-
共有で応援