港へ近づくにつれて、
あれほど静かだった風が、
少しずつ力を増してきた。
まるで大きな波が押し寄せるように、
海からの風が私の身体へ吹きつけてくる。
風さん。
やっと、いつものあなたに戻ってきたのね。
まだ夜の名残を抱いた
群青の世界で受ける風は、
明るくなってからの風とは
少し違って聞こえた。
風が吹くたびに、
静寂の中へ何かが響いてくる。
昔の人々の記憶。
この街を歩いた足音。
心の奥に残された声。
そんなものが、
風の音に混ざって聞こえてくるようだった。
港の明かりは、ぽつり、ぽつり。
ハーバーライトが、
まだ眠りの中にいる群青の海へ
小さな光を落としていた。
そして海が目の前に広がった。
同時に、空も大きく開いた。
果てしなく続く空。
その真ん中には、
大きな白い領域が、
花が開くように広がっていた。
その周りにも、
小さな白い領域がいくつも浮かんでいる。
これは、今の私の心の余白。
そう思った。
白は少しずつ広がっていく。
大きな白。
小さな白。
いくつにも分かれていた余白が、
やがてひとつ、ふたつ、みっつと
つながっていく。
夜が明ける頃には、
きっとひとつの大きな白になる。
それが、今日一日を迎えるための
私の心の余白なのだろう。
そしてその白には、
もうほんの少し色が差し始めていた。
まだピンクゴールドと呼ぶには幼い。
淡く、やわらかく、
どこか初々しい光。
朝になりきる前の、
生まれたばかりの太陽の色。
それが雲の向こうから
そっと白へ染み込んでいた。
船の汽笛が聞こえる。
ザブン、ザブン。
水面が岸へ打ちつける音。
チャプ、チャプ。
揺れる水の音。
私はいつもの場所に立っていた。
昨日も。一昨日も。その前も。同じ場所。
でも、同じ私はいない。
水面は、今日の私を
どんなふうに魅ているのだろう。
少しは昨日より柔らかくなったね。
少しずつ穏やかになっているね。
そんなふうに言われているような気がした。
さっきまで心を遊ばせていた
月の物語を胸に残したまま、
私は今度は、
目の前に広がる港の朝へ心を戻していった。
けれど、どうやら脳の方は
そう簡単ではなかったらしい。
次から次へと浮かぶ風景。
それを追いかけ、
言葉にし、
つなぎ、
また次の景色を受け取る。
心は舞い踊っている。
足取りも軽い。
なのに、頭の中だけが交通渋滞。
とうとう脳が、
「ちょっと待って
」と言い出した。
私はベンチへ腰掛けた。
深呼吸。
お水、ごくごく。
冷たい水が身体の中へ入る。
頭の中にこもっていた熱が、
ジャワッと冷やされていくようだった。
そこで私は、
少しだけ日常へ戻った。
森村営業開始。
コミカルな文章を作りながら、
自分で笑ってしまった。
心はまだ空を飛んでいるのに、
脳だけは少しずつ地面へ戻ってくる。
ああ。
やっぱり空想の世界を描くということは、
私の脳もずいぶん働いていたのね。
そう思うと、
なんだかその疲れさえ愛おしくなった。
そして再び歩き出した。
もうすぐ朝が来る。
雲に覆われて、
太陽の姿そのものは見えない。
けれど、雲の向こうから
ピンクゴールドの光が差していた。
その光は雲へ染み込み、
いくつもの筋になって空へ伸びている。
虹。
そう思った。
七色の虹ではない。
ピンクゴールド。
薄いグレー。
白。
漆黒。
群青。
今朝、私の心を通り過ぎた色たち。
そのすべてが一本の光の橋になって、
今日という一日の向こうへ伸びている。
まるで、未来へ続く虹の架け橋。
私の心は、
晴れているというより、光っている。
そんな感じだった。
揺れる水面にも、
その虹が映っているように魅えた。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
形を変えながら、
それでも途切れない。
私の心の中でも同じ。
揺れながら、
迷いながら、
色を変えながら、
それでも虹は消えない。
今日一日が、
急に楽しみになった。
これから何を見るのだろう。
どんな風に出逢うのだろう。
どんな色が、
今日の白い余白へ入ってくるのだろう。
さあ。
この虹の架け橋を渡るような気持ちで、
今日を歩き始めよう。
また魅了つめよう。
また感じよう。
そしてまた、言葉へ乗せていこう。
いつもより50分ほど早く出逢った朝。
神様は、まだ目覚めきらない空の向こうに、
今日へ渡るための光の虹を
そっと架けてくれた。
群青を
越えて心に
虹架かる
光の橋を
今日へ渡らむ
— Morimura
心に虹が架かる|今日へ渡る光の橋✨
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