午前5時。伊勢佐木モールを抜け、
横断歩道を渡ると、
そこは馬車道の入り口だった。

ほんの一本、道を渡っただけなのに、
ここから通りの空気はがらりと変わる。

両側に伸びる広い歩道。
等間隔に並ぶ街灯。
備え付けられたベンチ。
レンガ造りの洋館に、
和洋折衷の建物。

目を凝らせば、
伝統的な和の意匠の中に、
どこか西洋の曲線を思わせる装飾が
潜んでいる。

牛鍋、洋食、洋菓子。
この道を歩いていると、
私はいつも、文明開化の風を感じる。

「ざんぎり頭をたたいてみれば、
文明開化の音がする」
そんな言葉まで、
どこからか聞こえてくるような気がする。 

明治という時代、
日本には次々と西洋の風が吹き込んだ。

牛鍋を囲み、
洋食を口にし、
洋菓子を楽しむ。

和服だった人々は、
スーツやドレスをまとい、
シルクハットをかぶり、
帽子を飾り、
傘を手に歩く。

そして馬車に乗って街へ出る。
誰もが新しいものに胸を躍らせ、
西洋の文化を夢中になって取り入れた、
ハイカラさんの時代。

そう思いながら馬車道を歩いていると、
いつの間にか私は、
現代の横浜からするりと抜け出してしまう。

馬車道の入り口は、
時代を越える扉なのかもしれない。

その扉を開けた途端、
シンデレラの魔法がかかる。 

そう。

午前5時のシンデレラ。

私の前に現れたのは、
もちろん、かぼちゃの馬車。
その馬車に乗って向かう先は、
鹿鳴館の舞踏会。

シルクハットをかぶり、
ステッキを手にした素敵な紳士が、
馬車を降りる私にそっと手を差し出す。
私はその手を取り、
夢の舞台へ。

いつものトレーニングウェアは、
いつの間にか消えている。
腰にはコルセット。
身体の線をきゅっと整え、
幾重にも重なる、
きらびやかなドレスをまとっている。

扉の向こうには、
日本とは思えないほど華やかな西洋の世界。

美しい食器。
見慣れない料理。
気の利いた会話。
グラスが触れ合う音。
音楽。
笑い声。
そしてダンス。

紳士に手を取られ、
私は夢の舞台をくるくると回る。

ああ、私、
シンデレラになったみたい。
そんなことを思いながら、
文明開化という名の夢の中を漂っていた。

けれど――ふと時計を見る。

5時15分。

あ。

魔法が解ける。

帰らなければ。

慌てて馬車へ乗り込み、
再び馬車道へ。

そして馬車を降りた、その先には――
新港中央広場。

もう、朝は明るくなっていた。
鹿鳴館も、
シルクハットの紳士も、
きらびやかなドレスも消えている。

そこにいるのは、
アディダスのトレーニングウェアを着て、
アディダスの帽子をかぶり、
白いHOKAを履いて歩いている森村。

いつもの私。

けれど、
ほんの少し前まで、
私は確かにシンデレラだった。

魔法にかかっていたのは、
わずか15分。

それでもいい。

馬車道を歩くたび、
私は何度でもこの扉を開けることができる。

文明開化の風に髪を揺らし、
かぼちゃの馬車に乗って、
あの夢の舞踏会へ。

そして朝が明るくなるころ、
何食わぬ顔をして、
またHOKAで歩き始める。

そんな十五分の夢を、
私はいつも、
馬車道で見ている。

馬車道に
暁ひらく
夢の扉
十五分だけ
われはシンデレラ

— Morimura