海に着いた。

いつもの場所で、
私は空を魅上げる。

さっきまで一面に広がっていた群青は、
もうほんのわずかに影を残すだけ。

薄い雲のようにほどけながら、
その周りから白が広がっていく。

群青の世界が消えていくのではなく、
心の奥へ沈んでいくようだった。

する、する、する。
時には、どん、どん、どん。
時には、とく、とく、とく。

思いの重さによって、
沈んでいく音まで違うような気がした。

そして、そのあとに残った白い空へ、
弱い朝の光がそっと差し込んでくる。

目の前の水面は、風と一緒に流れていた。
私はふと思う。

水面は、ただ姿を映すだけなのだろうか。
桜を映せば、桜そのものではなく、
揺らぎや光まで加えて、
もっと深い美しさを返してくれる。

花火を映せば、空に咲いた一瞬の光を、
もう一度別の命として魅せてくれる。

ならば、人の心も同じなのかもしれない。
悩んでいる人が水面を覗けば、
ただ沈んだ顔を映すのではなく、
その奥にある「本当はここから進みたい」
という心まで、そっと返してくれる。

昨日までの私なら、
もっと見たい、
もっと知りたい、もっと先へ行きたい――
そんな弾む姿が映っていたと思う。

でも今日は違う。

毎朝魅てきた風景が、
しばらく見納めになると思うと、少し寂しい。
だから急がず、
ゆっくり、ひとつひとつを
抱くように魅ていたい。

今の水面に映っている私は、
きっと昨日までより穏やかで、
少しだけゆるやかに前へ進んでいる。

そう思うと、
水面にも意思があるような気がした。

ただ風に揺らされているのではなく、
その人がまだ気づいていない心まで、
そっと映し返してくれるような。

そして私は、
その水面に向かって心の中でつぶやいた。

わかってくれて、ありがとう。