お客様とお別れしたあと、
しばらくいつもの場所で風に吹かれながら、
私は日記を書いていた。
今日は暑くもなく、寒くもない。
ほんの少しひんやりとした風が、
お風呂上がりの素肌をすうっと撫でていく。
気持ちいい。
風に吹かれながら、
「ねえ、風さん。気持ちいいわね」
心の中で、そんなふうに話しかけてみる。
これでこの椅子が、
もう少し座り心地のいい椅子だったら
最高なんだけど。
ふふ。
風の向くまま。
気の向くまま。
思いのまま。
浮かんでくる言葉をひとつずつ拾いながら、
私は言葉を紡いでいた。
気がつけば、もうすぐ18時。
「あ、いけない」
そろそろ次のホテルへ向かわなければ。
結局今日は、
待機場へ戻る時間はなかったな。
そう思いながら立ち上がり、
次の場所へ向かった。
そして――本日、最後のドアが開きました。
いつも少し目を細めながら、
優しく、温かな眼差しで
迎えてくださるあなた。
今日はいつにも増して、
なんだかご機嫌そうな笑顔だった。
「わ、うれしい。
逢いたいなって思っていたの」
そう言うと、
「俺もだよ」と、
優しく包み込むような
言葉を返してくださった。
なんだろう。
今日は何かいいことでもあったのかしら。
そう思っていると、
「今日は、
君がリクエストしていたお酒を
持ってきたんだよ」
そう言って、あなたは冷蔵庫の方へ。
中には、しっかりと冷えた一本のお酒。
あ。
金亀。
彦根藩主・井伊直弼の命によって
酒造りを始めたという、
近江の老舗酒蔵のお酒。
その名も、長寿金亀 黒50。
そういえば以前、
あなたにこの酒蔵を訪れたときの
話をしたことがあった。
そして東京・門前仲町の居酒屋で、
偶然このお酒と再会した話も。
そんな話を覚えていてくださったんだ。
それだけでも、なんだか嬉しい。
「これ、わざわざ買いに行ってくれたの?」
そう尋ねると、
「ちょっと人に頼んだんだよ」と、あなた。
それでも。
私が何気なく話したことを覚えていて、
そして今日、
こうして目の前に一本のお酒として現れる。
なんだか、いいな。
そこから始まったのは、
取り留めのないおしゃべり。
逢っていなかった間のこと。
あんなこと。
こんなこと。
ひとつひとつ話しているうちに、
逢えなかった時間の空白が、
すうっと埋まっていくようだった。
そして今夜のもうひとつのお楽しみ。
金亀 黒50には、
何を合わせようか。
このお酒は、すっきりとした口当たり。
すっと喉を通ったあと、
ほのかにお米の旨味が広がって、
どこかまろやか。
だから、あまり味の濃いものより、
お酒の味わいを邪魔しない
ものの方がいいらしい。
そんなことをふたりで話しながら、
また買い出しへ。
「なんだか前回もそうだったけど、
こうして一緒に買い物かごを持って
スーパーを歩くのも楽しいね」
「そうだね」
特別な場所へ行くわけでもない。
ただスーパーの棚を一緒に見ながら、
「これ、どう?」
「こっちの方が合うかな」
そんなことを言い合っているだけ。
なのに私は、
こういう時間が意外と好き。
そして再び、お部屋へ。
テーブルの上に買ってきたものを並べる。
私はこういうとき、
食器を選んだり、並べたりするのも結構好き。
即席だけれど、
少しだけ形を整える。
すると、ただのおつまみだったものが、
少しずつ「宴」の顔になっていく。
ささやかだけれど、
ちょっと豪華で、
ちょっと粋。
そんなふたりの、秋の宴の始まり、始まり。
まずは、ビールで乾杯。
そして、喉を潤した後に、
冷えた金亀をグラスへ。
香りを感じる。
口に含む。
すうっと入ってくる。
そのあとに、
お米の柔らかな旨味。
まろやかさ。
余韻。
そして目の前には、あなた。
味わう。
香る。
魅つめる。
触れる。
聴く。
五感全部で、
この時間を感じている。
私は、こういう空間が好き。
ふたりだけの世界。
お逢いするたびに、
少しずつ心がつながっていく。
触れ合い、
響き合い、
同じ時間の中にいる。
今日もいっぱい食べて、
いっぱい笑って、
いっぱい話して、
そして、あなたと抱きしめ合う。
外には、まぎれもなく秋の気配。
そしてこの部屋の中にも、
私たちだけの静かな秋の空気が流れていた。
なんだか、ただただ夢を魅ているような時間。
そうしているうちに――
0時のアラームが鳴った。
あ。シンデレラの時間。
楽しい時間って、
どうしてこんなに早く過ぎてしまうんだろう。
でもね。
また、あなたに逢えるのを
楽しみにしています。
最近は、
日本酒を持ってきてくださることが、
少しずつ増えてきた。
そうなると今度は、
「次はどんなお酒に逢えるのかしら」なんて、
楽しみまでひとつ増えてしまった。
今日の金亀も、
きっと忘れない一本になる。
お酒の味だけではなく、
それを選び、
用意してくださったあなたの心ごと。
ありがとう。
また、待っていますね。
冷えし酒
近江の秋を
口に含み
君とほどける
夜の金亀
— Morimura
「風涼し、金亀ひらく秋の宴✨
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