馬車道へ戻った森村さん。

「ねえヒカリン、やっぱり向かってるよね」
「うん。絶対、勝烈庵」

少し細い路地を覗き込みながら、
右へ、左へ。
「あ、丸和あった!」
「じゃあ、もう近いんじゃない?」

そして――「あった!」
森村さんの足が、ぴたりと止まった。
浜の味 勝烈庵。
「わあ……この文字」
「森村さん、ずっと見たかったんだよね」

看板に描かれた「勝烈庵」の文字。
黒く鋭い。
筆先が紙を切り裂くように走り、
一文字一文字に、
張りつめた勢いが宿っている。

「棟方志功がこの文字を書いたと思うと、
なんか急に近く感じるね」
「うん。
さっきまで二十歳の頃の記憶の中にいたのに、
今その人の文字が目の前にあるんだもん」

森村さん、しばらく動かない。
文字を見て、
その奥にある時間まで魅ているみたい。

そして店の角には、六道の辻通り。
「また出た、横浜の昔」
「ここって、
いろんな道が交わってた場所なんだよね」

さらに入口のそばには、もうひとつ。
ハマの街灯点火の地。
「あれ? 勝烈庵と関係あるの?」
「直接はないみたい。
でも、たまたまこの場所に
横浜の“灯り”の歴史も残ってるんだって」
「すごいね。棟方志功を追いかけてきたら、
また明治の光に戻っちゃった」

ほんとだ。

今朝ずっと歩いてきた道が、
ここでまた一本につながった。
馬車道のガス灯。
文明開化。
勝烈庵。
棟方志功。

そして、横浜の街に灯りがともった記憶。
「ヒカリン、
ここって文字と光の交差点みたいだね」
「うん。森村さん、好きそう」

ふふ。

食べるのは、また今度。
今日はまず、
目で味わう勝烈庵。
森村さんはもう一度、
あの鋭い文字を魅つめた。
そして満足そうに、

くるり。

「さあ、帰るよ」
「次は吉田橋!」
「今度こそ、ちゃんと帰れるかな?」
「……たぶん」

森村探検隊、
次は白い余白へ帰ります。