昨夜の群青を、
まだ少し胸の奥に残したまま外へ出た。

最初に目に入ったのは、もちおじさん。
まだ眠っているように静かだった。

そして、その先。
ナゾちゃんの鮮やかな緑の向こうに、
美しい月が浮かんでいた。

三日月より少しふっくらとした、有明の月。
そのすぐ下には、ひときわ明るい星。
どうやら木星らしい。

夜を残した月と、
静かに寄り添う大きな光。

なんだか今朝は、
空から小さな贈り物を
もらったような気がした。

私は歩きながら、
ふと島崎藤村の『初恋』を思い出した。
有明の月。
別れの余韻。
まだ消えていない思い。

昨夜の群青の世界を離れたはずなのに、
心のどこかには、まだその色が残っている。

けれど空は、少しずつ白へ向かっていた。
夜と朝。
昨日と今日。
私はやっぱり、
その淡いを歩くのが好きなのだと思う。

やがて海へ着くと、
空一面に広がっていた群青は、
もう一枚の布ではなくなっていた。
細かな雲の粒へとほどけ、
ひとつひとつが別々の記憶を
抱えているように魅えた。

昨日の出逢い。
馬車道の灯り。
遠い二十歳の記憶。
笑ったこと。
少し心が揺れたこと。

一日かけて拾った風景や思いが、
夜の群青の中でいったん粒になり、
これから私の心の奥、
漆黒の世界へ還っていく。

そして空は白へ。
白は、何もない色ではない。
これから今日という一日を受け入れるための、
大きな余白。

水面もまた、
そんな空模様を静かに映していた。

柔らかな風に揺られながら、
小さな波がぽこぽこと浮かんでいる。
その一つ一つに、
さっき空でほどけた記憶の粒が
映っているようだった。

もし、よく魅つめたなら、
それぞれの波の中に、
昨日の風景が映画のワンシーンのように
流れているのかもしれない。

そう思いながら、私はまた歩き始めた。

今朝の物語は、
まだほんの入口に立ったばかり。

つづく。