無。

何もない。

そう書けば、

少し寂しい文字のようにも思える。

でも今朝の私には、
「無」は空っぽではなかった。
群青の空には、
昨日から拾ってきた風景があった。

有明の月。
木星。
明治の灯り。
棟方志功の黒い文字。
二十歳の記憶。
海。
風。
人の声。

それらはやがて、
細かな粒になって、
私の心の奥へ還っていった。

そして空に残ったのは、白。

何もなくなったのではない。

今日という一日を迎えるために、
場所を空けてくれたのだ。

だから、無は、終わりではない。
これから何色にでも染まるための余白。

誰かに逢えば、
そこにその人の色が入る。

嬉しいことがあれば、
光が入る。

少し寂しいことがあれば、
薄い影も入る。

それでいい。

何も決まっていないから、
何にでもなれる。

私は筆を取り、
一気に書く。

無。

今日という白い余白に、
これからどんな色が置かれていくのだろう。

そう思うと、「無」という文字が、
こんなにも豊かな文字に思えてきた。

— Morimura