12時少し前、待機所に着いて、
いつものように自分の場所を整えた。
ほんの少し横になるつもりだったのに、
どうやら10分もしないうちに
眠りへ落ちていたらしい。

次のご予約は14時。
13時40分にセットしておいた
アラームが鳴ると、
不思議なくらいぱっと目が覚めた。
身支度を整え、待機所を出てホテルへ向かう。

外へ出ると、思ったよりずっと暖かい。
「今日はなんだか、ぽかぽかしてるなあ」
そういえばテレビでは、
どこかで夏日になるような話までしていた。
10月なのに、と少し驚きながら歩く。

このまま夜まで、
このくらいの暖かさが続けばいいのだけれど。

週末は絶好の行楽日和になるらしい。
けれど、これだけ暖かいと
紅葉はどうなるのだろう。
このあたりでは、
まだ鮮やかに色づいた木々には逢えていない。
もう少し先なのかな。

でも考えてみれば、
私は紅葉を見るためだけに、
どこかへ出かけるよりも、
いつもの道を歩いている途中で、
「あ、赤くなってる」
そんなふうに偶然出逢う紅葉のほうが
好きなのかもしれない。

春に小さな芽吹きを見つけるように、
秋にもまた、
日常の中でひっそり色づいていくものを
見つけたい。
そんなことを考えながら歩いているうちに、
ホテルへ着いた。

そして――本日、最初のドアが開きました。
お部屋のインターホンを鳴らす。

向こうから聞こえてきたのは、
なんだかとても優しそうなお声だった。

そしてドアが開く。
そこにいらしたのは、
笑顔がとても素敵な方。
大人らしい落ち着きがありながら、
どこか人をふわりと包み込むような、
柔らかな雰囲気をまとっていらした。

「はじめまして」そんなご挨拶から始まって、
ソファへ横並びに座る。
自己紹介なのか、
ただのおしゃべりなのか。
いつの間にかそんな境目もなくなり、
とりとめのない話が
次から次へと続いていった。

不思議なくらい会話が弾む。
ああ、この方とは、
きっとゆったりとした時間を過ごせそう。
そう思った。
まだ始まったばかりなのに、
これから続く時間のプロローグを、
私はもう楽しんでいたのだと思う。

少しドキドキして、
少しワクワクして。
胸のどこかに、
素敵な予感が灯っていた。

そして自然な流れのなかで、
少しずつ二人の距離が近づいていく。
私から触れ、
あなたと目が合う。
そのたびに、
胸の奥が小さく震えた。
あなたの表情を魅つめながら、
そこに流れている気持ちを
感じられることが嬉しかった。

やがてあなたから私へ。
とてもソフトで、
優しく、柔らかな触れ方だった。
力で引き寄せられるのではなく、
気がつけば心のほうから近づいていく。
そんな不思議な感覚。
そして長いあいだ、
二人で肌を寄せ合っていた。

あなたに抱きしめられ、
そのぬくもりの中にいると、
時間の輪郭まで柔らかくなっていく。
私はたぶん、
目を開けたまま、
ひとり静かな夢を見ていたのだと思う。

そしてふと、
今朝出逢った棟方志功の書を思い出した。
迷いなく置かれたように魅える一筆一筆。
けれど、ただ激しいわけではない。
一本の線の中に、
深く、
熱く、
込められたものがある。

今日のあなたとの時間も、
どこかそれに似ている気がした。
燃え上がるような激しさではなく、
内側にしっかりと熱を抱えながら、
それが柔らかく、
優しく、
ゆっくりと時を刻んでいく。

そしてふと、
今朝魅つけた棟方志功の書が
胸の中によみがえった。
朝に出逢った一枚の書と、
午後に開いたひとつのドア。
まったく別のものだったはずなのに、
今日という一日の中では、
なぜかどこかで
静かにつながっているような気がした。

棟方志功の筆には、
力がある。
けれど、その力はただ荒々しいだけではない。
一筆一筆の奥に、
深く込められた思いがあり、
その熱が線となって残っている。

今日あなたと過ごした時間も、
どこかそれに似ていた。
激しく燃え上がるのではなく、
内側にしっかりと熱を抱えながら、
それがとても柔らかく、
とても優しく、
ゆっくりと時を刻んでいく。

抱きしめられたぬくもりも、
そっと触れてくださった指先も、
あなたの笑顔も、
ひとつひとつが私の心に
静かな色を置いていった。
まるで、
白い紙の上に
一筆ずつ色が重なっていくように。

気がつけば、
今日の私の心の中には、
あなた色がひとつ増えていた。

別れ際、
またお逢いできたら嬉しいなと思いながら、
何度も何度も抱きしめ合った。

もう時間なのに、
あと少しだけ。
もう一度だけ。

そんな言葉にしない気持ちを、
お互いの腕の中で
確かめ合っていたような気がする。

ドアが閉じたあとも、
あなたのぬくもりは
まだ胸の中に残っていた。

熱いのに、激しくない。
深いのに、重くない。
ただ静かに、
柔らかく、
優しく心へ沁みてくる。
そんな一筆のような時間だった。

またお逢いできる日を、
楽しみにしています。

やわらかな
熱を重ねて
抱く午後
心に残る
あなた色かな

— Morimura