サミュエル・ウルマンの『青春』を思う。
青春とは、
若い肉体のことではなく、
心のあり方なのだという。
何かに心を躍らせること。
新しいものに惹かれること。
誰かの言葉に胸が動き、
風景の色が昨日までとは
少し違って魅えること。
そう考えると、
私は今も、
ちゃんと青春の中にいるのかもしれない。
最近、
私の世界には
少しずつ華やかな色が増えている。
人と過ごす時間が楽しい。
話が弾む人がいる。
価値観のどこかが重なる人がいる。
私の書いた日記を読んで、
文章の表面だけではなく、
その向こう側にある気持ちまで
そっと感じ取ってくれる人もいる。
言葉を返してくれる人。
笑顔を返してくれる人。
ときには、
私の言葉に短歌を添えてくれる人もいる。
そんなひとつひとつが、
私の日常に小さな華やぎを置いていく。
誰かと交わした言葉。
誰かと過ごした時間。
誰かから受け取った優しさ。
誰かに魅せてもらった景色。
そんなものが少しずつ重なって、
私の心を瑞々しくしてくれる。
だから私は、
また何かを書きたくなる。
空を魅れば、
その色を誰かに伝えたくなる。
風が吹けば、
その気配まで言葉に残したくなる。
心が揺れれば、
その揺らぎさえも文章にしてみたくなる。
そして、ときどき、
自分でも可笑しくなるくらい、
心がときめく。
そんなときめきも、
今の私をつくっている
大切な色のひとつなのだと思う。
ひとつの色に染まりきるのではなく、
いろいろな出逢いや言葉を受け取りながら、
私の世界は少しずつ色を増していく。
だからこそ、
この華やぎが心地いい。
私の世界を奪ってしまうようなものではなく、
私の世界を、少し豊かにしてくれるもの。
いつもの景色に、
ほんの少し色を足してくれるもの。
そして何より、私自身を、
少し若返らせてくれるもの。
若返るというのは、
皺がなくなることでも、
年齢が戻ることでもない。
明日のことを楽しみにすること。
誰かと交わす言葉を心待ちにすること。
きれいなものを魅つけたら、
誰かに伝えたいと思うこと。
昨日より今日、
もう少し何かを感じていたいと思うこと。
誰かの言葉に胸が弾み、
自分の中にまだこんな感情があったのかと
少し驚くこと。
それこそが、
私にとっての青春なのかもしれない。
人は、
何歳になったから青春を終えるのではなく、
心が何にも動かなくなったとき、
少しずつ青春から遠ざかっていくのだろう。
だとしたら私は、
まだまだ大丈夫。
群青の空に心を奪われ、
風に名前をつけ、
偶然の出逢いに奇縁を感じ、
誰かの言葉に胸を弾ませ、
今日もまた新しい言葉を探している。
そして、そんな自分を、
私はけっこう気に入っている。
誰かを好きになることで、
自分まで好きになれる。
誰かとの時間によって、
自分の中の光を思い出せる。
そんな華やぎなら、
人生の中にいくつあってもいい。
ひとつの出逢い。
ひとつの言葉。
ひとつの笑顔。
ひとつの短歌。
そんな小さなものが、
私の心にそっと灯をともしてくれる。
そして私は今日も、
その灯を胸に抱きながら、
青春の中を歩いている。
そして、あらためて振り返ってみれば、
私はずっと、
青春の真ん中を歩いてきたのだと思う。
自分を愛し、
恋する自分を愛し、
仕事に夢中になる自分を愛し、
綺麗に装う自分を愛し、
心のままに感じ、言葉にする自分を愛し、
いつも前を向いて歩く自分を愛してきた。
そして今、
その青春の中に、
守りたいもの、
大切にしたいものが、
以前よりずっと増えている。
年齢を重ねるとは、
青春を失うことではなく、
愛するものが
増えていくことなのかもしれない。
いつか託された言葉も、
今も私の中に静かに残っている。
その言葉を胸に、
今日も私は、
私の青春を生きている。
— Morimura
青春、心に華やぎの灯るとき✨
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