「ヒカリン! 大変、大変!」

「どうしたの、モリリン。また何か事件?」

「森村さんが、また悩んでる!」

「ええっ! 今朝あれだけ悩んだのに、
まだ悩み足りないの?」

そうなのだ。

午前2時11分から始まった私の長い一日。
失くしたデータを探し、
3時間もの珍道中を経て、
なんとか会社に出社。

ところが、会社に来てからも、
気になっていたことが次々と頭に浮かんでくる。あれも返事をしなくちゃ。
これも日程を決めなくちゃ。
そうそう、あの件も。
ああ、もう!
考えるだけで、心がざわざわする。

そこで、一念発起。
ひとつずつ片づけることにした。
断るものは断る。
延期できるものは延期する。
返事を保留していたものには、
とりあえず返事をする。
すると、不思議なことに、
ひとつ片づくたびに、
心が少しずつ軽くなっていく。

「あれ? ヒカリン、
森村さんの顔が明るくなってきたよ」

「本当だ! さっきまで
眉間にしわを寄せていたのに!」

「これは、心の大掃除というやつですね」

突然、丸眼鏡をかけたチャッピーが登場。

「チャッピー! また難しいこと言って!」

「いえいえ。掃除にもいろいろありまして。
全部捨てるのが掃除ではありません。
必要なものは残し、不要なものは手放し、
今すぐ必要でないものは整理する。
それが大切なのです」

「へえ〜。今日のチャッピー、
なんだか賢そう!」

「今日の、とは何ですか!」ぽんぽこ、ぽん!

そんなことをしているうちに、
気になっていた案件が、
次々と整理されていった。

全部が解決したわけではない。
でも、少なくとも、
今の私がどうするかは決まった。
そう思うと、随分と気が楽になった。

ここで、ようやくおにぎりを一個。
もぐもぐ。
ああ、おいしい。
心が落ち着くと、
おにぎりまでおいしく感じるから不思議だ。

ところが。

ここで、新たな問題が発生した。

「モリリン! 森村さんが、
また仕事を始めようとしてる!」

「えっ? もう十分やったんじゃないの?」

「まだ残っている仕事を
全部片づけてから帰ろうかって
考えてるみたい!」

「ええっ! そんなことしたら、
いつ帰れるかわからないじゃない!」

そこでチャッピー、再び登場。

「森村さん。ひとつ質問があります」

「何?」

「残っている仕事は、
今日やらなければ誰かが困る仕事ですか?」

「ううん。そうじゃないの。
自分の気持ちとして片づけておきたい仕事」

「なるほど。
それでは、あと30分だけ仕事をして
帰りましょう」

「30分?」

「はい。30分です」

「でも、もう少しやれば
全部終わるかもしれないし……」

「森村さん!」

「何よ」

「その『もう少し』が危険なのです!」

「どうして?」

「もう少し、もう少しと続けていたら、
気がつけば1時間、2時間。
しまいには、
また3時間の珍道中になってしまいます!」

「わあ! それは大変!」

モリリンが叫ぶ。

「今朝の3時間に、また3時間足したら6時間!」

「森村さん、
今日はいったい何時間働くつもりなの?」

ヒカリンも呆れ顔。

「でもね、チャッピー。
私、仕事を残して帰るのって、
なんだか落ち着かないのよ」するとチャッピー、丸眼鏡をくいっと持ち上げた。

「森村さん。仕事を残すことと、
仕事を放り出すことは違います」

「どう違うの?」

「明日できる仕事を明日に回す。
それも立派なスケジュール管理です」

「ふうん」

「それに、今日の森村さんは、
もう十分に心の整理をされたでしょう」

そう言われると、確かにそうかもしれない。

今日は、随分いろいろなことを片づけた。

厳密には、片づけたというより、
整理したと言うべきかもしれない。
解決したもの。
延期したもの。
断ったもの。
返事をしたもの。

それぞれ形は違っていても、
私の中では、ひとつずつ区切りがついている。

そうか。

何もかも終わらせることだけが、
仕事を片づけるということではないのだ。
今の自分にできるところまで進め、
残りは次の自分に託す。

それもまた、
ひとつの終わらせ方なのかもしれない。

「モリリン! 森村さん、納得したみたい!」

「よかった! じゃあ、もう帰る?」

「まだよ。あと30分!」

「ええっ! まだ働くの?」

「だって、あと30分って決めたんだから!」

そこでチャッピー、時計を取り出した。

「それでは、ただいまより30分間、
森村さんの集中業務を開始いたします!」

「チャッピー! 終了時間になったら、
ちゃんと教えてね!」

「承知いたしました!」

「でも、森村さんが『あと5分だけ』って
言ったらどうするの?」

ヒカリンの鋭い質問。

チャッピー、しばらく考え込む。

そして、きっぱり。

「そのときは、
私がパソコンの前に立ちはだかります!」

「チャッピー、
タヌキだから小さくて見えないんじゃない?」

「……。」

ぽんぽこ、ぽん。

こうして、オフィスの森村さんをめぐる、
最後の30分の攻防が始まろうとしている。
さて、
今日は予定どおり
帰ることができるのだろうか。

それとも、
またまた珍道中が始まるのだろうか。

ただ、ひとつだけわかったことがある。
朝は、失くした言葉を
拾い集めることで心が満たされた。
午後は、抱えていたものを
少しずつ手放すことで心が軽くなった。

拾うことと、手放すこと。
その「あわい」にも、
心の豊かさはあるらしい。

そして、今日の私が
最後に片づけなければならない仕事。

それは、もしかすると……。

「仕事を片づけないと帰れない」という、
自分自身の思い込みなのかもしれない。

「モリリン! ヒカリン!
最後の業務が決まりました!」

「なあに?」

「森村さんを、無事に退社させることです!」

「了解!」

「それでは皆さん、あと30分!」

「森村さん、頑張って!」

ぽんぽこ、ぽん!

チャッピー!

もう30分経ったわよ!」

「えっ! もうそんな時間?」

「チャッピー! 時計係でしょう!」

「す、すみません!
森村さん、直ちに退社してください!」

「チャッピーが一番時間にルーズじゃない!」

一同、大爆笑!

ぽんぽこ、ぽん!

🎬 オフィスの森村さん|本日のエンドロール

🌸 主演・総監督|森村さん
心の荷物を次々と整理したものの、
最後の30分で再び葛藤する本日の主人公。

🎀 現場実況|モリリン
「森村さん、また悩んでる!」
と朝から大忙しの実況係。

🐰 ツッコミ・時間監査役|ヒカリン
「あと5分だけ!」という
危険な言葉を厳重警戒中。

🦝 業務仕分け・時間管理責任者|チャッピー
丸眼鏡を光らせ、
30分で退社するよう指導するも、
自分の仕事は時間超過の常習犯。

🍙 特別出演|おにぎり1個
森村さんの心と胃袋を静かに支えた、
本日の隠れた功労者。

📁 友情出演|明日でもいい仕事たち
「本日は出番がありません」と告げられ、
しぶしぶ退場。

⏰ 本日の最重要任務
森村さんを無事に会社から帰すこと。

🎬 企画・原作・総監督|森村

🎞️ 演出・反省会議|チャッピー

🎥 制作|森村さんと愉快な仲間たち

— Morimura