夜の帳が下りるころ。
ビスカウトクラブに、琥珀色の灯りがともる。

静かに流れる音楽。
深いボルドーのソファ。
グラスの触れ合う音が、心地よく響いている。

そして、扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

私は笑顔であなたをお迎えし、
いつものカウンター席へご案内した。

「今日も来てくださって、嬉しいわ」

「僕も、君の顔が見たかったよ」

そんな言葉を交わしながら、ふと目が合った。

その優しい眼差しに、
ある夏の日の記憶が蘇った。

思えば、
なんとも不思議なご縁の始まりだった。

あなたは、
クラブのブログを
以前から読んでくださっていた。

「こんな文章を書く女性は、
いったいどんな人なのだろう」
そんな好奇心から、
私に逢ってみたいと思ってくださったらしい。

あなたは、
初めから私のことを「不思議ちゃん」
だと思っていたという。

そして、初めてお逢いしたときも、
「不思議ちゃんに逢いに来たんだよ」と、
笑っておっしゃった。

あらまあ。
そんなに不思議だったのかしら。

けれど、実際にお逢いしてみると、
私の方も不思議な感覚を覚えていた。

ひとつの話題から、また次の話題へ。
似ているようで、違う。
違うようで、どこか似ている。
そんな互いの個性に、
少しずつ心が惹かれていく。

考えてみれば、
私たちは顔を合わせるよりも先に、
言葉の中で出逢っていたのかもしれない。

あなたのさりげない心遣いも嬉しかった。

そして、あの日の最初の乾杯。
互いの言葉に耳を傾けながら、
いつしか、
それぞれの世界が心地よく重なり合っていく。

そんな出逢いだったように思う。

あれから、幾度となく言葉を交わしてきた。

けれど、あの夏の日の笑顔は、
今も私の心に残っている。

そして今宵も、琥珀色の灯りのもと。
銀色のトレーにグラスを載せ、
あなたのもとへ。

「今宵は、
あの日の乾杯をもう一度いかがですか?」

あなたが微笑む。
私も、そっと微笑み返した。

あの夏の日のあなたと、
今、目の前にいるあなた。
そのあわいに流れる時間を、
私はもう少しだけ楽しんでいたい。

今宵もまた、ひとつの物語が、
琥珀色の灯りにそっと包まれた。

— Morimura