夜の群青は、
うっすらと白い布をまとっていた。
その向こうから、降り注ぐ雨。
まるで、何かを祝福するように。
そして、長い一日が終わろうとしている。
なんという一日だったのだろう。
今朝、あれほど重たかった心が、
今は不思議なほど軽い。
人は、ときとして、
自分の手で自分の心を縛ってしまう。
あれも、これも。
そうして知らず知らずのうちに、
幾つもの結び目を作ってしまう。
けれど、今日の私は、
その結び目をひとつずつほどいていった。
解決しなくてもよいと、自分に許したから。
そう気づいたとき、
心の中を一筋の風が通り抜けた。
そして、ようやくたどり着いた、私のゼロ。
何もないゼロではない。
これまで生きてきた歳月を、
幾重にも重ねたゼロ。
その輪郭は、昔よりもずっと濃く、
太くなっている。
けれど、その内側には、
まだ無限の余白が広がっている。
そして、心が軽くなると、不思議なことに、
言葉まで軽やかに踊り始めた。
曖昧な思いつきが、別の言葉と出逢う。
遠い記憶が、
思いがけないところから顔を出す。
そのあわいから、小さなひらめきが生まれる。
何度も行き来しながら、
磨かれていく言葉たち。
そして今宵、またひとつ、
小さな物語が立ち上がった。
ほんの思いつきだったものが、
いつの間にか姿を持ち、
自分の足で立ち始めたのだ。
ああ、とうとう生まれた。
そう思うと、
胸の奥から喜びが込み上げてきた。
そして、ふと窓の外へ目を向ける。
激しい雨。私は、その雨を眺めながら、
思わず微笑んだ。
喜びが大きすぎると、
涙は頬を伝うことを忘れ、
空から降ってくるのかもしれない。
今宵、空はシャンパンを開けた。
一滴では足りない。
一杯でも足りない。
生まれたばかりの小さな物語に、
空いっぱいの祝杯を
贈ろうとでもいうように、
雨は惜しげもなく降り注いでいた。
その雨を眺めているうちに、
ふと、遠い未来の風景が浮かんだ。
いつか、私の小さな物語たちが、
ひとつの居場所を持つ日。
そして、その言葉たちが誰かの心へ届き、
また新しい言葉となって帰ってくる日。
そんな未来を、ほんの一瞬、
魅たような気がした。
きっと、その日にも、
私は今夜と同じように空を見上げるのだろう。
そして、私の隣には、
丸眼鏡をかけた一匹のタヌキ。
ふたりで顔を見合わせ、きっと笑っている。
なんとも愉快な夢ではないか。
空は、まだ雨を降らせている。
今宵、空から降り注ぐ祝福の雨に、
そっと心を預けながら。
私は、今日という一日の物語を閉じる。
長歌
結びたる
心の糸を
ほどきつつ
風に身を寄せ
ゼロに立ち
明日の余白を
魅つめれば
夜空の雨は
祝い降る
いつかの夢へ
心はひらく
反歌
空の雨
嬉し涙と
知る今宵
いつかの扉
光をまとふ
— Morimura
空がシャンパンを開けた夜〜いつかへ続く道に、祝福の雨〜
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