ビスカウトクラブ|今宵、上様ご来店〜ひだまりの君に、一杯の感謝を〜
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琥珀色の灯りが、静かに揺れる。
ボルドー色のソファ。
磨き上げられたグラス。
そして、
どこからともなく流れてくる懐かしい音楽。
今宵も、ビスカウトクラブの扉が開いた。
私はいつものバニースタイルに身を包み、
銀色のトレーを手に、ホールに立っていた。
すると、不意に懐かしい声がした。
「森村姫!」
あらっ!
振り返ると、そこには思いがけないお方が。
「まあ! 上様!」思わず声が弾んだ。
「いらっしゃるなら、
ひと言お知らせくださればよろしいのに!」
「ははは。たまには突然
訪ねてみるのもよかろうと思ってな」
「もう、上様ったら!
こんな格好でお迎えするなんて、
少々恥ずかしゅうございますわ」
すると上様は、
いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「いやいや、森村姫。
いつもの装いも美しいが、
今宵の姿もなかなかチャーミングではないか」
「あらまあ!
上様までそんなことをおっしゃるの?」
思わず頬が緩んだ。
このお方とのご縁は、かれこれ10年になる。
ある取引先からご紹介いただいたのが、
最初の出逢いだった。
初めてお目にかかったときから、
大自然の中でのびのびと育まれたような、
おおらかさを感じた。
包容力があり、温かく、そして優しい。
すぐに意気投合し、
お仕事をご一緒するようになった。
以来、長いお付き合いを重ね、
今では月に一度の打ち合わせが、
私にとって楽しみな時間になっている。
初めてお目にかかったときから、
どこか大自然の中で
のびのびと育まれたような、
おおらかさを感じた。
包容力があり、温かく、そして優しい。
すぐに意気投合したことを、今も覚えている。
お仕事をご一緒するようになって間もない頃、
ある場所へご案内したことがあった。
いつもの打ち合わせとは違い、
一緒に歩き、景色を眺め、
取り留めのない話をする。
お仕事のご案内だったのに、
なんだかちょっとした遠足のようで、
楽しかったことを覚えている。
あら、懐かしい。そんなことを思い出しながら、上様を奥の席へとご案内した。
あら、懐かしい。
そんなことを思い出しながら、
上様を奥の席へとご案内した。
「さて、上様。
今宵は何をお召し上がりになります?」
「そうだな。ビールを少しだけいただこうか」
「あら、珍しい!」
そう。このお方には、
お酒をほとんど召し上がらないのだ。
「上様、せっかくビスカウトクラブへ
いらしたのに、
ビール一口ではもったいのうございますわ」
「ははは。酒を飲まずとも、
森村姫との話があれば十分ではないか」
「あらまあ! またそんなお上手を!」
そう言いながら、
私は小さなグラスにビールを注いだ。
「それでは、10年のご縁に乾杯!」
「うむ。乾杯!」
チン。
小さなグラスが、澄んだ音を立てた。
思えば、この10年。
お逢いするたびに、
実にいろいろな話をしてきた。
近況報告から始まって、
ときには悩み事。
気がつけば、
私が一方的に愚痴をこぼしていることもある。
けれど上様は、決して話を遮らない。
いつも穏やかに耳を傾け、
ときには笑いながら、
温かな言葉を返してくださる。
そして、不思議なことに、
お別れするときには、
いつも心が軽くなっている。
まるで、ひだまりの中で
日向ぼっこをしたあとのように。
「ところで森村姫」
「はい、上様?」
「最近は、ずいぶん物語に夢中のようだな」
「あら、ご存じでしたの?」
「ははは。いつも読んでおるからな」
「まあ、お恥ずかしい!」
「いや、よいと思うぞ」
上様は、ゆっくりと言葉を続けた。
「誰もが同じように
受け止めるわけではなかろう。
しかし、森村姫の文章を好きだと思う人は、
きっとおる」
私は、思わず黙ってしまった。
「そして、その文章から伝わる人となりに、
心を惹かれる人もおるのではないかな」
ああ、上様。
このお方は、いつもこうなのだ。
私が少し迷っているとき。
自分の気持ちを持て余しているとき。
大げさな励ましではなく、
ごく自然な言葉で、
そっと背中を押してくださる。
「でも上様、私、
少々夢中になりすぎているのではないかと
思うこともございますの」
「ははは。それほど楽しいのであろう?」
「ええ、それはもう!」
「ならば、今はそれでよいのではないか」
そう言って、また穏やかに笑った。
「自分がやりたいと思うことを、楽しめばよい」
私は、しばらく上様の顔を魅つめていた。
そして、ふっと笑みがこぼれた。
「上様、やっぱり上様は、
ひだまりのようなお方ですわ」
「ほう? ひだまりとな?」
「ええ。上様にお逢いすると、
なんだか元気になれるんですもの」
「それは何よりじゃ」
上様は、小さなグラスを持ち上げた。
「では、もう一度乾杯するとしよう」
「あら、今度は何に乾杯いたしますの?」
「森村姫の、これから生まれてくる物語に」
まあ……。
私は、嬉しくなってグラスを合わせた。
チン。
二度目の乾杯。
今度は、先ほどよりも
少しだけ優しい音が響いたような気がした。
やがて、上様がお帰りになる時刻。
「上様、今宵はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ。楽しい時間であった」
「また、いらしてくださいませね」
「うむ。また顔を見せよう」
そう言って、いつもの笑顔で扉の向こうへ。
私は、その後ろ姿を見送りながら思った。
10年という歳月は、不思議なものだ。
お仕事を通じて始まったご縁が、
いつしか月に一度、
お顔を拝見するのが楽しみな時間になっていた。
愚痴をこぼせば、優しく耳を傾けてくださる。
迷っていれば、
さりげなく背中を押してくださる。
お仕事のご縁でありながら、
心にはいつも、
ひだまりのような温かさを
残してくださるお方。
そんなご縁を、
これからも大切にしていきたいと思う。
そして、その温かさは、
これからも変わらず続いていくのだろう。
ふと、テーブルを見ると、
小さなビールグラス。
あらまあ。結局、
ほんの一口しか召し上がって
いないではないか!
思わず笑ってしまった。
お酒は一口。
優しさは、グラスに入りきらないほど。
これぞ、ひだまりの上様。
今宵のビスカウトクラブには、
琥珀色の灯りよりも温かな光が、
静かに満ちていた。
— Morimura