「まだかしら……」

夜明け前。私は何度も空を見上げていた。
群青の空を覆う、白とも灰色ともつかない雲。
まるで煙が立ち込めているような空に、
ときおり小さな窓が開く。

その窓から、
一つ、また一つと星が顔をのぞかせる。

ところが、見えたと思えば、
すぐに隠れてしまう。

やがて群青の窓は、すべて閉ざされた。
天空劇場、第一幕の終演。
さて、第二幕はいつ始まるのだろう。
そんなことを思いながら歩いていると、
遠くから小さな音が聞こえてきた。

虫の声だろうか。

それとも、鳥の声も混じっているのだろうか。

静かな夜明け前の空気に、
細く澄んだ音が響いている。

ああ、そうか。

これは天空劇場の幕間の音楽なのだ。

星たちが再び登場するまで、
虫たちが一生懸命、舞台を盛り上げている。

そして鳥たちは、
第二幕の開演を知らせる
ファンファーレの出番を
待っているのかもしれない。

なんだか、愉快になってきた。
そんな小さな音楽会に耳を傾けながら、
ふと思い出したのが、
七十二候の一つ。

「蟋蟀戸に在り」寒露の末候
十月十八日から二十二日頃にあたり、
秋の虫が戸口の近くで鳴く頃を表している。

「蟋蟀」と書いて、「きりぎりす」と読む。
ただし、ここでいう蟋蟀が、
現在のこおろぎなのか、
きりぎりすなのかについては、
古い言葉の使われ方も
関係して諸説あるという。

そういえば、
以前にもこの候について随筆を
綴ったことがあった。
そのとき、
きりぎりすには「機織り虫」
という別名があることを知った。

ギーッチョン、ギーッチョン。
その鳴き声が、
機を織る音に似ているからだという。
なんとも愛らしい名前ではないか。

昔の人々は、虫の声の中にまで、
人の暮らしを重ね合わせていたのだろうか。
そして、秋の夜長に虫の声を楽しむことを
「虫聞き」という。

春には花見。

秋には虫聞き。

花を愛でるように、
虫の音にも心を寄せる。

日本人が古くから育んできた、
なんとも繊細な季節の楽しみ方だと思う。

けれど、今朝の私は、
虫聞きをしようと思って
外へ出たわけではなかった。

目当ては、あくまでも天空の星たち。
ところが、星が見えなくなったことで、
思いがけず
虫の声に耳を傾けることになった。
見たいものが見えなくなったとき、
初めて気づくものがある。
そんなことを思った。

そもそも、季節の移ろいには、
はっきりとした境目などないのだろう。
昨日まで夏だったものが、
今日から突然、秋になるわけではない。

一枚の葉が、
緑から少しずつ赤く染まっていくように。
朝の群青が、
いつの間にか淡い空色へと
移ろっていくように。
秋もまた、
少しずつ私たちの暮らしへ近づいてくる。

そう考えると、
「蟋蟀戸に在り」という言葉が、
いっそう味わい深く感じられる。

野にいた虫たちが、
秋の深まりとともに、
人の住まいの戸口へ近づいてくる。
そんな情景を想像するだけで、
なんだか心が温かくなる。

戸口とは、外と内を隔てる場所。
けれど、そこは同時に、
外の世界と内の世界が出逢う場所でもある。

風が吹き込む。
木の葉が舞い込む。
そして、小さな虫の声が聞こえてくる。

季節は、戸口を叩きながら、
私たちの暮らしの中へ
入ってくるのかもしれない。

なんてことを考えていたら、
また一つ、新しい気づきが生まれた。

七十二候とは、
単に季節の変化を知らせる
暦ではないのだろう。

自然の中の、
ほんの小さな出来事に目を留めるための言葉。
そして、その小さな出来事から、
季節の大きな流れを感じ取るための言葉。
そんなふうにも思えてきた。

虫が鳴いている。
ただそれだけのこと。
けれど、そこには秋の深まりがある。
命の営みがある。
そして、耳を傾ける人の心がある。

同じ虫の声を聞いても、
何も感じない日もあれば、
そこから遠い記憶がよみがえる日もある。
知識が一つ加われば、
同じ音がまったく違って
聞こえることもあるだろう。

私は、そんな発見が好きなのだ。
以前、随筆の中で、こんなことを綴った。  

「『気づき』のないところには、
『いとをかし』と
感じることもないのですから」

今も、その思いは変わっていない。
むしろ、以前よりも、
身の回りの小さな出来事が
愛おしく感じられるようになった気がする。

気づくこと。知ること。
そして、そこから自分なりの世界を
広げていくこと。
その繰り返しが、
私の毎日を少しずつ豊かにしてくれる。

さて。

天空劇場の第二幕は、とうとう開かなかった。
けれど、虫たちの奏でる幕間の音楽は、
いつの間にか私の心を満たしていた。
星が見えなかったことを、
残念に思う気持ちも、
もうどこかへ消えていた。

思えば、星も虫も、いつもそこにいる。
ただ、私が気づいているかどうか。
それだけの違いなのかもしれない。
やがて、夜の群青が少しずつ白み始めた。
虫たちの音楽会も、
そろそろ終演の時刻だろうか。
次にこの道を歩くときには、
また違う音色が聞こえてくるかもしれない。

その小さな変化に、
私は気づくことができるだろうか。
秋は、目に映る色だけではなく、
耳に届く音によっても深まっていく。

そんなことを思いながら、
もう一度、空を見上げた。
天空の幕は閉じたまま。

けれど、地上では、
秋の小さな音楽会が静かに続いている。

蟋蟀戸に在り。
季節は今日も、私の心の戸口を、
そっと叩いている。

— Morimura