星のない朝だった。

幾重にも重なる雲が
群青の空を覆い、
いつもの星たちを隠していた。

けれど、私には見えていた。

昨日まで輝いていた星の記憶。
冬の大三角。
オリオンの帯と剣。

目には映らなくても、
心の中には、確かに光がある。

見えないものを信じること。

それは、
まだ見ぬ未来を信じることにも
似ているのかもしれない。

やがて出逢った、
燃えるように真っ赤なゼロ。

何もないことを意味する数字。

けれど、私には
新しい旅の出発点に見えた。

私の人生は、
努力と根性の道のりだった。

転ぶことを恐れない。

転んだら、起きればいい。

引き下がることも厭わない。

退いたなら、
また前へ進めばいい。

たとえ昨日の自分に
何かを積み重ねることができたとしても、

今日という新しい朝には、
もう一度、ゼロの地点に立つ。

ゼロとは、
何も持たないことではない。

これまでの喜びも、
悔しさも、涙も、
歩いてきた道のりも、

すべてを心に抱いたまま、
新しい一歩を踏み出すこと。

私は、ゼロの旅人。

そんな私の心に、
遠い異国の女性が現れた。

女帝エカテリーナ。

私が憧れたのは、
煌びやかな王冠ではなかった。

寒さに身を縮め、
毛布にくるまり、
小さな灯りを頼りに
書物へ向かう、ひとりの女性。

孤独の中で学び、
自分自身を磨き、
まだ見ぬ未来を胸に描く。

「いつか、きっと」

その言葉を、
何度、心の中で繰り返したのだろう。

華やかな宮殿の光よりも、
私には、その小さな灯火が眩しかった。

人は、生まれながらに
すべてを与えられるわけではない。

けれど、
自分を磨くことはできる。

知性を育み、
教養を深め、
心を豊かにすることはできる。

いつか報われると信じて、
今日も努力を重ねることはできる。

私が憧れ続けたのは、
そんな生き方だった。

そして、ふと気づく。

強く生きようとする私の心にも、
もうひとりの私がいる。

恋に胸をときめかせ、
少女のように無邪気に笑う私。

誰かを愛おしく想い、
そんな自分自身をも
愛おしく感じる私。

強さと可愛らしさ。

そのどちらも、
今の私を形づくる大切な光。

幾つになっても、
心まで歳月に閉じ込める必要はない。

夢を見ることも、
恋をすることも、
未来に憧れることも。

そのすべてが、
私の心を輝かせてくれる。

そして、夜明けの海。

遠い橋の向こうに、
淡い桃色の光が流れていた。

まるで、
空から舞い降りた天の川。

その向こう岸には、
いつかの私がいる。

夢を叶えた私。
まだ知らない世界に出逢った私。
そして、今より少しだけ
心豊かになった私。

けれど、
向こう岸へ続く橋は
誰かが架けてくれるものではない。

自分自身の力で、
一本ずつ架けてゆくもの。

まだ橋がないのなら、
桃色の光の川を
ひと掻き、ひと掻き、
かき分けながら進めばいい。

そのたびに、
きらきらと星が舞い上がる。

一歩進めば、ひとつの光。

また一歩進めば、
新しい光。

そうして積み重ねた輝きが、
いつか、
私だけの架け橋になる。

ふと振り返る。

夜の群青は、
いつの間にか白へと還っていた。

星も月も、
あの桃色の光さえも、
もう見えない。

けれど、私の心には
今も美しい光が流れている。

そして、
真っ白な余白が広がっていた。

何も描かれていない、
今日という一枚の白い紙。

この余白に、
どんな風景を描こう。

どんな色を重ねよう。

どんな幸せを見つけよう。

余白は贅沢。

けれど、
その豊かさを感じる心がなければ、
余白はただの空白にすぎない。

だから私は、
心を磨き続けたい。

小さな喜びを見つけ、
美しいものに心を動かし、
何気ない一瞬を愛おしく思える
そんな自分でありたい。

心が美しければ、
きっと今日という一日も
美しいものになるだろう。

さあ、
今日もまたゼロから始めよう。

転んだら起きればいい。

退いたら、
また前に進めばいい。

風の向くまま、
気の向くまま、
心のまま、
ひらめくままに。

私の胸には、
まだ消えない真紅の炎がある。

そして、その先には
桃色に輝く未来への架け橋。

「いつか、きっと」その言葉を胸に、
今日も私は歩き続ける。

ゼロの旅人として。     


転びても
また立ち上がる
朝の橋
桃色の空
心に架ける

— Morimura