海からの冷たく気持ちのよい風に包まれ、
雲間からわずかに差し込む
太陽の光に見守られ、
元気なひまわりたちに背中を押されるように、
中華街へと向かった。
いつものように、
路地を縫うようにジグザグ中華街を楽しみ、
媽祖廟と関帝廟にお参りをした。
お願いすることは、
だいたいいつも決まっている。
「家族みんなが、
今日一日を無事に、幸せに過ごせますように」
ただ、関帝廟では、
それにもう一つだけお願いを加える。
関帝様は商売繁盛や金運の神様
ともいわれているので、
「宝くじが当たりますように」と、
ちゃっかりお願いしている。
中華街を抜け、
横浜公園の豊かな緑を
横目に眺めながら歩いていると、
気持ちまで清々しくなってきた。
さあ、ここからは私の朝そば時間だ。
昨日は遅くまで
飲んだり食べたりしていたので、
「今日は、そばを食べられるかしら」と
思いながら歩いていた。
けれど、そばの時間になり、
お店が近づいてくると、
不思議とお腹が空いてくるものだ。
今日も、お店の前に一番乗りで並んだ。
今日は、かなり早かった?
従業員の方が勝手口から、
ひょいっと出て来て、
「今日は何にしますか?」と尋ねてくれた。
今日は、天ぷらの中で一番好きな
イカ天を注文した。
他は、いつもと同じ。
そのうち私も、
「いつもの。今日はイカ天で」なんて、
常連さんらしい注文の仕方が
できるようになるのかもしれない。
6時30分。
いつものようにお店が開き、
私は一番に中へ入った。
すでにカウンターには、
私のそばが用意されていた。
お店に入るのも一番、
そばと対面するのも一番だ。
ここの麺は、
つるりとした喉越しがありながら、
きちんと食べ応えもあって美味しい。
今日は、いつもより
そばをすする勢いが少し鈍いような気がした。
やはり、昨日食べすぎたせいだろう。
それでも、ゆっくりと噛みしめていると、
その素朴な味わいに、
なぜか懐かしさを覚える。
そばは、昔から日本人の暮らしの
すぐそばにあった食べ物だ。
痩せた土地でも育つといわれる、
たくましい植物。
年越しそばには、
細く長く生きられるようにという
願いが込められ、
切れやすいことから、
悪縁や一年の災いを断ち切る
ともいわれている。
そんな由来を思い浮かべながら
そばを噛んでいると、
昨日までの余計なものをそっと断ち切り、
また新しい自分になれるような気がしてくる。
そばにまつわる、そんな話も私は好きだ。
朝の街を歩き、
花や風や光に心を洗われたあと、
温かなそばが、
その心をさらに優しく包んでくれる。
朝そば時間は、今日という一日へ、
もう一歩強く踏み出すための時間なのだ。
今日も、美味しくいただいた。
お腹はいっぱい。
けれど、湯気の向こうに残る素朴な余韻が、
これから始まる一日の道を、
静かに照らしてくれているようだった。
朝の一言〜二日酔いでも、そばはすすむ〜
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