おはようございます。

昨日は、お客様と遅くまでお酒を飲み、
美味しいものをいただき、
楽しみすぎてしまった。

「明日の朝は、起きられるかしら?」
そんなことを思いながら眠りについたのだが、
朝の横浜を歩き、 
日の出を見たいという強い思いが、
私を目覚めさせてくれたのだろうか。

不思議なほど体は軽く、
いつもどおり4時に起きることができた。
起きてからしばらくは、
ぼんやりとしていたが、
その分、出発が少し遅れただけ。
だいたいいつもと同じ時間に、
朝の街へと歩き出した。

外へ出ると、
生ぬるい空気が肌にまとわりついた。
昨日と同じように蒸し蒸しとして、
朝から少し鬱陶しい暑さだ。
この時間からこれほど湿度が高いのなら、
日中はどれほど暑くなるのだろう。
少し心配になる。

伊勢佐木モールを抜け、
まっすぐ馬車道へと入った。
私は、この馬車道が大好きだ。
特に好きなのは、通りの両側に広がる、
煉瓦色の石畳で造られた歩道。
普通の歩道の二倍以上は
あるのではないかと思うほど広く、
まるで歩く人を主役として
迎えてくれているように、
ゆったりと進むことができる。

通りに並ぶ建物も、
煉瓦色のレトロな街並みによく似合っている。
どこか明治時代の華やかな
鹿鳴館文化を思わせるような、
異国情緒と気品のある雰囲気。
その中を、私はいつもワクワクしながら、
あちらこちらへ目を向けて歩く。

馬車道を抜け、
新港中央広場へ差しかかろうとしたとき、
鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。
たくさんのひまわりだ。
きっと、少し前からそこに
咲いていたはずなのに、
私はいつも、その先にある
空や太陽の光ばかりに目を奪われ、
気づかずに通り過ぎていたのだろう。
空ばかり見上げて、
自分の足元に咲く美しさを
見落としていたのかもしれない。

植え込みに並んだひまわりたちは、
まるで私の方を向いて、
「おはよう」と、
新港中央広場へ入っていく私を
迎えてくれているようだった。

私は、ひまわりが大好きだ。
花そのものはもちろん、
ひまわりが持つ鮮やかな黄色も大好きだ。
毎年この季節になると、
食卓にもひまわりを飾る。
あの明るいビタミンカラーを見ていると、
心の奥から元気が
湧いてくるような気がするのだ。

ひまわりには、「あなただけを見つめる」
という花言葉がある。
太陽を一途に追いかける
姿から生まれた言葉なのだろう。
けれど今日は、雲が空を覆い、
太陽の光はわずかにしか見えない。

それでも、
きちんと東を向いている花もあれば、
なぜかまったく頓珍漢な方向を
向いている花もある。
「あなただけを見つめる」と言いながら、
少しよそ見をしている花もいる。
みんな同じように並んでいるのに、
それぞれが思い思いの方を向いている。
その少しアンバランスな姿が、
なんともコミカルで、
思わず朝から笑ってしまった。

まっすぐな花も、気ままな花も、
どちらもひまわりらしくて愛らしい。
そんなひまわりたちに迎えられていると、
お酒の余韻で少し重かった頭と体が、
鮮やかな黄色に洗われていくようだった。

気づけば、心まで明るく、
すっきりとしていた。
蒸し暑く、生ぬるかった街の空気も、
港へ近づくにつれて少しずつ変わっていく。
海から吹いてくる風が頬を撫で、
火照った肌を優しく冷ましてくれた。

港沿いを歩きながら受ける風は、
とても心地よく、
胸の中にたまっていたものまで、
そっと遠くへ運んでくれるようだった。

ひまわりに元気をもらった朝。
海からの風に、心を洗われた朝。
そして、雲間から差し込むわずかな光に、
今日一日を歩くための
エネルギーをもらった朝。

自然に包まれながら、
私は今日の一歩を踏み出した。
空ばかりを見上げていると、
足元に咲く花を見落としてしまうことがある。
けれど、立ち止まって周りを見渡せば、
花も、風も、光も、
いつだって私たちのそばにいる。

人は自然の中で生き、自然に励まされながら、
また新しい一日を歩いていくのだろう。 

振り返ると、ひまわりたちは変わらず、
それぞれの空を見つめていた。
その黄色い花影を背中に残し、
港の風にそっと押されながら、
私はまだ淡い朝の道を歩いていった。