ふと目が覚めて時計を見ると、
4時27分だった。

いつものようにウォーキングの支度をする。

そして玄関の扉を開けた。
中庭から、さーっと風が
部屋の中へ吹き込んできた。
この瞬間が、私は好きだ。

雨が降っていれば傘を持つ。
蒸し暑ければ、ちょっと嫌だなと思う。
それでも玄関から一歩外へ踏み出した瞬間、
さあ、歩こう。
今日も風さんと一緒に物語を紡ごう。
そんな気持ちになる。

思えば、歩くことが「物語」になったのは、HOKAのBondi 9を
履き始めた頃からだったような気がする。
ふわふわと雲の上を歩いているような感覚。
足元から湧き上がった心地よさが
全身へ伝わり、
いつの間にか
風や空や木々と話すようになった。

日記も少しずつ変わっていった。
今朝、ふと思った。
風さんと話しているようで、
本当は私は、
自分の心と話しているのかもしれない。

そんな風さんと歩く朝が、
私はとても好きだ。
最近、濃いピンク色のサルスベリを
よく見つける。
でもきっと、サルスベリが増えたのではない。
私の目が、
サルスベリを見つけるようになったのだ。

笑顔という花言葉を持つ花。
元気がほしいとき、
笑顔がほしいとき、
不思議なくらい私の前に現れる。

やがて、心の聖地へ続く細い小径へ入った。
まっすぐではない。
細く長く、ところどころ曲がりくねっている。
今朝は、この道を歩きながら、
自分の全身を
スキャンされているような気がした。

頭の中も、心の中も、全部吸い取られていく。
そして聖地へ着いたとき、
光の前に自分の中身をすべてさらけ出す。
心が丸裸になったような気分。
だから私は、
そこで出逢う感動も、感激も、喜びも、
飾らず
そのまま受け止められるのかもしれない。

曲がりくねった道を歩きながら、
ふと昔いただいた言葉を思い出した。
人生には、いろんな曲がり角がある。
そのときはもがき苦しんでも、
その曲がり角は必ず曲がって、
通り抜けて、また前へ進める。

長い年月が過ぎても、
その言葉は私の中で色褪せていない。
そして昨日、
久しぶりにその言葉に触れたとき、
「必ず曲がり切れますよ、あなたなら」
という言葉が、もう一度私の心へ届いた。

昨夜、私はこの心の聖地を夜にも訪れた。
眼下には、いつもの街並み。
けれど夜になると、
まるで違う顔をしていた。
色とりどりの灯りをまとった街。

百万ドルの夜景と呼ばれるような
壮大なものではない。
それでも私には、
どんな夜景より心に響いた。

一つ一つの灯りは、
そこに暮らしている人の
心の色なのかもしれない。
たくさんの心が集まって、
一つの夜景をつくっている。
そう思った。

そして今朝。
同じ場所に立つと、
山あいから太陽が顔を出していた。
ピンクゴールドの光。
薄いグレーの雲が
山の稜線に身体を沿わせるように伸び、
ときどき太陽を隠しては、
また姿を魅せる。

昨夜魅た月を思い出した。
山あいからひょっこり顔を出していた、
静かな赤銅色の月。
昨夜の月と、今朝の太陽。
まるで同じ場所から
昇ってきたように魅えるのに、
二つの光が私に残すものは違った。

役目を終えて、これから休もうとする月。
これから一日を始めようと、
明るい光を放つ太陽。
休む光と、生き始める光。

昨夜は月の光に見守られながら眠りにつき、
今朝は太陽の光に迎えられた。
その間には、もう一つ心に残った光があった。

昨夜、眠い目をこすりながら
最後まで観てしまったショートドラマ。
そこに登場したアイリスの瞳だった。
気高く、誇り高く、凛としている。
自分の信念を持ち、自信に満ちている。
けれど、その瞳の奥には優しい愛があり、
ときにはお茶目な人間らしさもあった。

二時間早く眠れば、七時間眠れた。
けれど私は、
その二時間をアイリスの瞳に
魅せられて過ごした。
睡眠時間は五時間になったけれど、
不思議と後悔はなかった。
あの二時間は、
眠る前の私の心を
美しいもので満たしてくれた時間だったから。

聖地を後にして、今日の一日を歩き始める。
以前のように、風を見よう。
空を見よう。
鳥の声を聞こう。
木々を見よう。
とは思わなくなった。

ただ黙って歩く。
すると心のほうが、
「あっ」と何かを見つける。
「あ、きれい」と足を止める。
美しいものを探すのではなく、
美しいもののほうから心へ入ってくる。
そんな自然体の歩き方のほうが、
感動も感激も喜びも、
ずっと大きくなるような気がした。

住宅街の曲がり角を曲がる。
建物の隙間から、太陽が現れた。
また曲がる。
光が消える。
もう一度曲がる。
また光が現れる。

そのとき、昔の言葉の意味が、
風景になって目の前に現れたような気がした。
曲がり角の向こうには、また光がある。
眩しくて前がよく見えないほどなのに、
心はその太陽に引かれるように
前へ進んでいく。

昨夜は月だった。
そのあと、アイリスの瞳になった。
そして今朝は、
ピンクゴールドの太陽になった。

川沿いへ出る。
鳥や虫の声の向こうから、
やがて水の音が聞こえてきた。
細い支流から大きな流れへ水が落ちていく。
サーッ。
シャカシャカシャカ……。

やっぱり川は、
これくらい音が聞こえるほうがいい。
いつもなら、
このあたりで今日の予定を考え始める。
けれど今朝は違った。

頭から離れないのは、
昨夜の月と今朝の太陽だった。
同じように山あいから顔を出した二つの光。
一つは、これからますます輝きを増していく
ピンクゴールド。
もう一つは、
同じような山あいから顔を出しながら、
少し沈んだ静かな赤銅色の光。

これから空へ昇っていくように魅えながら、
その軌道は眠りへ向かっていた月だった。
同じ「光が昇る」風景なのに、
心に残るものはまるで違う。
これから生きようとする光。
これから少し休もうとする光。
色が違う。
輝き方が違う。
向かっている先も違う。
けれど、どちらも美しかった。

私はやはり、
こうした移ろいが好きなのだと思う。
夜から朝へ。
月から太陽へ。
夏から秋へ。
昨日のディナーの中にも、
夏の名残りと小さな秋を感じた。

まだ暑さは真夏のようなのに、
ところどころに次の季節が顔を出している。
自然は、ある日突然入れ替わるのではなく、
少しずつ次の色を混ぜながら移ろっていく。
私の心も、きっと同じなのだろう。

悩みながら。
迷いながら。
考えながら。
それでも、
ときどき光を魅つけながら前へ進んでいく。

人生とは移ろうもの。
人生とはさまようもの。
人生とは、思いが浮遊するもの。
そして、その浮遊している思いの中へ、
ある瞬間ふっと何かが降ってくる。

大きな発見でも、大きな奇跡でもない。
曲がり角で光が見えたこと。
サルスベリが目に留まったこと。
川の音が急に耳へ届いたこと。
昨夜の月と、今朝の太陽が、
同じ場所から顔を出したように魅えたこと。

そんな日々の小さな気づき。
それが、私にとっての
小さなセレンディピティなのかもしれない。
一つ一つは小さくても、
それを拾い集めていくうちに、
心は少しずつ豊かになっていく。

そして人生も、
ほんの少しずつ、
より良い方向へ変わっていくのかもしれない。

やがてゴールに着いた。
歩き始めたときは、
いつものように空を見上げる
心の余裕さえなかった。

けれど最後には、やっぱり空を魅た。
山あいから顔を出した太陽が、
さんさんと光を放っている。
その眩しいピンクゴールドの向こうに、
私は昨夜の赤銅色の月を重ねた。

眠りにつく私を見送ってくれた月。
そして今朝、
今日という一日へ私を送り出してくれる太陽。
二つの光が、心の中で静かに重なった。

さあ、一日を始めよう。
この風景を心に染み込ませて。
今日もまた、
曲がり角の向こうにある光を信じながら、
前を向いて歩いていこう。