21時を少し過ぎて、自宅へ帰ってきた。

お料理もおいしかった。
秋を先取りする松茸と、
夏の名残をとどめる鱧。
しっとりとした空間には、
季節の移ろいまで静かに盛りつけられていた。

けれど今夜、
いちばん心に残ったのは料理ではなかった。
二か月ぶりに逢う人たちと言葉を交わし、
笑い、考え、
それぞれの人生から生まれた
言葉を受け取った時間だった。

司会進行も、もうずいぶん長く務めている。
だから少しくらい遊んでもいい。
はじめの言葉の前に、
今日のワンピースをちょっぴり自慢して、
くるりと一回転。

わあっ、と拍手が起こった。
ああ、気持ちいい。
みんなの視線が自分に集まっている。
その視線を感じながら話し始めると、
言葉まで生き生きしてくるようだった。

そして、例の案内状を見せた。
「これは誰が作ったかわかりますか」
予定通りの投げかけ。
AIをビジネスで使っている人も多く、
皆さんが思った以上に
興味を持ってくださった。

その表情を魅ながら、私はその場で決めた。
まずは、
みんなから見えるところから始めよう。
準備してきたものを
そのまま再生するのではない。
目の前の人の顔を魅て、
その場で選び、
その場で言葉にしていく。

朝、頭の中に描いた地図が、
ちゃんと動き始めていた。
そして、次の講師の方のお話が、
今度は私の心の中へ入ってきた。

生きていることは、当たり前ではない。
生かされていると思えば、感謝が生まれる。
「ありがとう」という言葉が自然に生まれる。
人とのご縁をいただいていることにも、
ありがとう。
義を持って、徳を得る。
そして、忘己利他。
自分からではなく、まず他人から。
その言葉が、すっと心に染み込んだ。

夕方から頑張って来てよかった。
そう思えただけで、
今日ここへ来た意味は十分にあった。
会が終わるころ、また声をかけてもらった。
「そのワンピース、よく似合ってるよ」
ふふ。
やっぱり嬉しい。

そんな気持ちのまま帰路につき、
途中でコンビニへ寄った。
ところが出てみると、私の傘がない。
間違えて持っていかれたらしい。
残っていたのは、壊れたビニール傘だけ。
もう。
ちょっとムカッとした。

でも、壊れた傘を差して歩き始めたら、
ふと思った。
まあ、いいか。
今日はこんなにいい時間を
いただいたんだから。
傘一本くらいで腹を立てるのはやめよう。

雨はしとしと降り続いていた。
けれど不思議だった。
傘は壊れているのに、
心は少しもみすぼらしくない。
むしろ潤っていた。
満たされていた。
そして、来たときより少し豊かになっていた。

次にみんなと集まるのは11月。
でも、その前に私には仕事がある。
10月までに次の会合のセッティングをして、
案内文も作らなくてはならない。

今度はAIともっと相談しよう。
今日よりもう少しクオリティを上げて、
みんなが、
「おおっ」と驚くようなものを作ってやろう。
そんな小さな企みまで、
もう心の中で始まっていた。

時刻は21時半になろうとしている。
窓の外では、まだ雨が降っている。
でも今夜の雨は、
ただの雨には見えなかった。
朝、出逢った神様が、
ポケットの中からそっと取り出して、
「今日もよく頑張りました」と、
私に授けてくださった
ご褒美の雫のようだった。

人のために準備する。
人のために言葉を届ける。
人と人をつなぐ。
そうして差し出したものは、
いつか巡り巡って、
自分の心を潤してくれるのかもしれない。
忘己利他。
今日聞いたばかりの言葉なのに、
もう少しだけ、
その意味がわかるような気がした。

「あ、風さん。来てくれたの」
「もう会合は終わったの?」
「ええ。無事に終わったわ」
「なんとなく、
いい時間を過ごしたような顔をしているね」
「そうなの。とってもよかった」

生かされていることを実感して、感謝する心。
そして、自分より先に誰かのために尽くす心。「そんなことを学んだわ」
「いいことを学べてよかったね。
明日からまた一緒に歩こうね」

雨に濡れた街並みを魅る。
街が潤っている。
山も潤っている。
木々も、道も、みんな潤っている。
そして私の中にあった乾いたところにも、
一滴、また一滴と、何かが満ちていく。

街の灯りが雨粒の向こうで滲んでいた。
そのひとつひとつに、
今夜出逢った人たちの笑顔が
浮かんでいるようだった。

朝、神様のポケットの中に入っていたもの。
それはきっと、
この雨だったのだ。
人のために使った時間が、
潤いとなって私へ帰ってきた。
神様からの、
静かなご褒美の雫として。